<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<rdf:RDF
    xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
    xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
    xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
    xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
    xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
    xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
    xmlns:taxo="http://purl.org/rss/1.0/modules/taxonomy/"
    xml:lang="ja">

    <channel rdf:about="http://blog.haradamaha.com/index.rdf">
    <title>Maharala Diary</title>
    <link>http://blog.haradamaha.com/</link>
    <description></description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <admin:generatorAgent rdf:resource="http://lolipoblog.jp/?v=1.0"/>
    <items>
      <rdf:Seq>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=863741" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=746692" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=662233" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=643668" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=618325" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=591815" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=484520" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=430754" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=393825" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=378180" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=332402" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=240147" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=215053" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=148485" />
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.haradamaha.com/?eid=127525" />
      </rdf:Seq>
    </items>
    </channel>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=863741">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=863741</link>
    <title>みたび沖縄、運命のシュークリーム。</title>
    <description>二年ぶり、また行ってきました沖縄。
二年前と同じく、中学校時代の友人つんちゃんとともに。
今回の旅の大きな目的は「カフーを待ちわびて」の映画撮影ロケ現場を訪問すること。「ロケ見舞い」というんだそうな。出版から2年、とうとうこの日がきた！とワクワク、テン...</description>
<content:encoded><![CDATA[
二年ぶり、また行ってきました沖縄。<br />
二年前と同じく、中学校時代の友人つんちゃんとともに。<br />
今回の旅の大きな目的は「カフーを待ちわびて」の映画撮影ロケ現場を訪問すること。「ロケ見舞い」というんだそうな。出版から2年、とうとうこの日がきた！とワクワク、テンションもMAXに。<br />
<br />
なにしろ主人公の明青役が、あの玉山鉄二さん。まったく予想もしなかった超イケメンのバッテキに、心も躍るってもんです。<br />
ロケ地は沖縄本島の某所。そこへ行く前に、私が“リアルカフー”と運命の出会いを果たした伊是名島へ出かけてみた。そう、以前ブログにも書いたけれど、つんちゃんとともに2年前も行こうとするも台風到来で挫折。その結果、「沖縄ネイキッド・ガイ」に遭遇するという憂き目（？）に遭った。今回は見事快晴、ついに上陸かないました。<br />
まあ、なんにもない島だ。実はもうカフーもいない（本島のとある家にもらわれていったそうだ）。カフーの飼い主さんだった名嘉さんもいない（いまは東京で働いておられる）。事実は小説より奇なり。二年のあいだに、静かな島はいっそう静かになった感じだ。<br />
<br />
しかし。<br />
<br />
伊是名には超ど級の名所がある。その名も「菓子の島　神山」。<br />
なにかっていうと、パン＆ケーキ屋さんなんです。もちろん島で唯一。しかもこれが、ハンパなく美味い。<br />
「カフー」出版後に一度訪問したとき、伊是名村役場の観光担当だった神山利和さんが連れていってくれたのがそもそものご縁。「おいしいケーキ屋さんがあるからさ〜」と連れていかれたところが、自分の家だった。でもって、奥さんがケーキ職人さんだった。そしてすごい美人だった。話ができすぎだった。<br />
強引かつスムーズな導入で、私はたちまち「神山」のファンになってしまった。<br />
神山さんと奥さんは東京の製菓学校で出会って結婚したそうだ。そんなわけで、神山さん自身も和菓子づくりのプロ。ついでにおじいちゃんもウチナー菓子職人。すごい。こんな小さな島の一軒の家にスイーツの三大巨匠がひしめいているとは。沖縄の密度の濃さにあらためて驚く。<br />
奥さんの作るケーキは真剣にウマい。絶対に代官山のアレとかミッドタウンのコレとか六本木ヒルズのソレとかよりウマい。「女・椎名誠」の異名を持つ（by自分）私が、こうして公の場（サイト）で言い切るんだから、そうとうウマいと信じていただいていい。特にシュークリーム。もう、激激激ウマ。これを一度食べたら、駅前でクリームのにおいを流して客寄せしている某チェーン店のモノなんてまじで食べられなくなる。<br />
離島でシュークリームという組み合わせも絶妙なシュール感。さーたーあんだぎーなんて食べてる場合じゃない。ほんと、このシュークリームのためわざわざ伊是名島に行ってもいいと思う。そのくらい魅力的な一品である。<br />
その奥さんに、「明日、玉山鉄二さんに会いにいくんですよ」と告げた瞬間、色白のチャーミングな顔が豹変した。<br />
「えええっっっっ?!　ほんとにほんとに？？？！！！　いやーん私大好きなんですう〜！！エー信じられなあ〜いっ!!!!」<br />
目の前に玉山さんがいたら間違いなく飛びついていただろう。その豹変ぶりにたじろぎながらも、私ははたとひらめいた。<br />
この絶品のシュークリームは、1個たったの110円ポッキリ（税込）である。<br />
撮影スタッフは70名と聞いている。「全員に差し入れは無理だろうから気にしなくていいよ」と、映画の企画者K社長からは言われていた。「でも玉山君は甘いものが好きだよ。和菓子以外の････」とさりげなく囁かれもした。「でもでも、玉山君だけに何か持ってくわけにはいかないしねえ〜」と締めくくられた。いったいどうすりゃいいんですか、私は?!　と悶絶した結果、その時点で何も差し入れの品を思いついていなかったのだ。<br />
110円X70個＝7700円。<br />
こ、これは･･････イケてないか?!<br />
「奥さんあの〜、もしかして明日の朝9時までにシュークリーム70個なんて、作れたりしますかね･･････。その、玉山鉄二さんに差し入れとか、いいかな〜なんて･･････」<br />
奥さんの目つきがすばやく変わった。勝負師の目だ。<br />
「ええっ!!　もちろんやりますっ、やらせてもらいます!!できますよ、ええできます!!」<br />
答えるやいなや、奥さんはキッチンに飛び込んで即仕込みを始めた。もうなんにも聞こえないって感じだ。すごい集中力。やはりイケメンの力は偉大だ･･････<br />
翌朝。9時のフェリーに、私は特大のクーラーボックスを担いで乗り込んだ。<br />
「ほんとに作ってくれちゃったね〜」とつんちゃん。<br />
「これが女優さんに差し入れするとかだったら、気合が違ったかも･･･」と私。<br />
かくして、シュークリームは海を渡り、ロケ現場に届けられた。<br />
「いただきまあ〜す！！」と元気よくスタッフのみなさんが、おいしそうに頬張っていた。撮影最終日で演技に集中していた玉山さんが、どの時点で食べたかはわからない。でも、きっと食べてくれたと思う。<br />
<br />
沢山の人が関わり、沖縄の人々に見守られて、沖縄での撮影は無事終了したと聞いた。公開は来年。そのときには、また伊是名に行こうかな。今度はなんの用事がなくてもいい、ただ「菓子の島　神山」のシュークリームを食べに。
]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-05-13T03:29:40+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=746692">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=746692</link>
    <title>ケータイ小説のこと。</title>
    <description>いやあ、おもしろかった。
去年9月?11月、ケータイサイトで連載していた小説が完結したときの感想は、そのひと言に尽きる。
「ランウェイ☆ビート」というタイトルのこの青春小説（って書くとかえって古くさい感じがしますが･･･）は、またもや小説の可能性を広げてくれた...</description>
<content:encoded><![CDATA[
いやあ、おもしろかった。<br />
去年9月?11月、ケータイサイトで連載していた小説が完結したときの感想は、そのひと言に尽きる。<br />
「ランウェイ☆ビート」というタイトルのこの青春小説（って書くとかえって古くさい感じがしますが･･･）は、またもや小説の可能性を広げてくれたように思う。ケータイという新しいメディアがあってこそ生まれてきたこの物語。日本中の女子（ときには男子も）の熱い呼吸をリアルタイムで感じるような、新鮮な体験を私にもたらしてくれた。<br />
<br />
なにがすごいってほんとにリアルタイムなこと。物語は毎晩１話ずつ、午前０時に更新されるのだが、それを読者の方々が待っていてアクセスが殺到したという。当然通勤通学の途中に読むんだろうなあ、なんて想像していたんだけれど、多くの読者は真夜中、ふとんの中にもぐりこんで、小さくて真っ暗な空間の中にケータイを開ける。そこで繰り広げられるドラマを、まるで自分のことのように、笑ったり泣いたりムカついたりして楽しんでいた･･････らしい（ケータイのすごいところはこういうシチュエーションもアンケートによって明らかになってくることだ）。<br />
私の少女時代は、それはマンガだったり文庫本だったりした。ベッドサイドの明かりに本をくっつけるようにして読んだ。一日のうちでもっとも豊かな、自分の時間。いまも昔も、女の子にとってその価値は変わらないようだ。<br />
<br />
書き始めるまえに、実際ケータイで小説を読んでみて（いわゆるケータイ小説と呼ばれているものから、芥川賞作家の書いたものまで）、やはり抵抗感があった。光る小さな画面は身体的・物理的に読みにくいし、内容は平坦で臨場感がないと感じてしまう。いったいこの小さなモンスターのような機器に、いかにして生き生きと命を吹き込むことができるんだろうか。<br />
悶々と悩んだ結果、できるかぎり短いフレーズで、マンガのコマ的に物語を運ぶ、という（私にとっては）大技に思いいたった。それはそれでチャレンジングだったが、もっとすごかったのが、このプロジェクトを支え運営してくださったみなさんのチームワーク。これがなかったら、本作は誕生しなかった。<br />
「普通じゃない。」のプロジェクトのときもそうだったけれど、チームワークで物語を作るというのはかなり楽しい。学ぶこともたくさんある。元来、小説の創作というのは限りなく孤独な作業だと思う。孤独と徹底して向き合うことも大切なことだが、ときとして、チームで動かすプロジェクトに参加させていただくと、なにか社会にしっかりと根を張っているような明るい気持ちになる（いままでアートの仕事でチームワークばかりやってきたから、なおさら強くそう感じる･･････）。<br />
ケータイに連載中、私がパソコンで書いた原稿に絶妙な行間を入れてくださる編集チームの存在があった。この「行間」が「間（ま）」をつくり、動画を見ているような錯覚に陥ることもしばしばあった（泣けるシーンなどでは、１文字ごとに２行空ける、などという普通の小説では考えられない離れ業を披露してくれた）。私は彼女たちを「行間省＆行間大臣」と呼んでいた。また、各話のタイトルをつけてくれたのも彼女たちである。「告白」「ゆかた選び」「好き。」などなど、単純明快でバックナンバーを探しやすいタイトルをつけるセンスは、まとまってみると「なるほど」とうならされる（これを私がやるとサービス精神ゆえ「ちょっとだけ告白」「ゆかた選びもご一緒に」「やっぱり好き。って言いたいよ」とやたら長いタイトルになったはずだ）。<br />
連載していたサイトは「デコとも」という人気サイトだったが、サイトの特性を活かして各話ごとにドラマの場面さながらの背景を作ってつけてくれたのも臨場感がアップした。編集、デザインに関わられた方々は、さぞや想像をたくましくして場面を思い描いてくださったことだろう。書籍化が決まったあとも、チームメンバーのすさまじい努力ぶりにはまったく頭が下がった。ほんとうにありがとうございました！！<br />
それにしても、ケータイに配信したら消えてしまう運命だった物語を、「形に残る」本として多くの読者にお届けできるのはほんとうに嬉しい。<br />
ネットやケータイの時代になっても、やはり少女たちには夜、寝る前にこっそりと本を開いて欲しい。それが未来の美女を作るための、何よりのサプリメントじゃないかと思う。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-01-24T16:33:23+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=662233">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=662233</link>
    <title>普通じゃない連載。</title>
    <description>９月１４日に三冊目の単行本「普通じゃない。Extraordinary.」が発売された。
あらゆる意味で感無量。なにしろこの本が出版されるまでに、ほんとうにいろいろと「普通じゃない」ことばかりの連続だったわけで。

まず、この小説が書かれるようになった経緯。
ちょうど...</description>
<content:encoded><![CDATA[
９月１４日に三冊目の単行本「普通じゃない。Extraordinary.」が発売された。<br />
あらゆる意味で感無量。なにしろこの本が出版されるまでに、ほんとうにいろいろと「普通じゃない」ことばかりの連続だったわけで。<br />
<br />
まず、この小説が書かれるようになった経緯。<br />
ちょうど一年前の夏の終わり、私は本作の出版元となった角川書店の方々とお目にかかった。もともと前年に共著「ソウルジョブ」を同社から出版していたこともあり、すでにやりとりはあったのだが、文芸誌「野生時代」の編集長（当時）、堀内さんとお目にかかるのは初めてだった。<br />
その前日、旅仲間の御八屋千鈴との知床ツアー（本ブログ：道東 in Deep 参照）から帰ってきたばかりだった私は、さっそく話題のツカミに「いや?日本のさいはてから昨日帰ってきたばかりです」と知床ネタを炸裂させようともくろんだ。すると堀内さんが「え？僕もですよ」とおっしゃる。「ほんとに？どの辺ですか」と聞くと、ほぼ同じところを、似たような時間帯で回っていたと判明。「え?じゃあもしや知床遊覧船で隣同士だったかもしれませんねえ･･････なんか運命的なものを感じるなあ･･････」と、年齢とシチュエーションを語らなければラブストーリーの始まりと誤解されそうな会話をしていきなり盛り上がった。なんだか普通じゃないことが起きそうな予感･･････<br />
<br />
その一ヵ月後、堀内さんから連絡が入る。「ミクシィって知ってますか？」と言われ、マイミクへのお誘いかと思いきや「ミクシィで連載小説をしかけないかって話があるんですが」と言う。正直、驚いた。「ミクシィ」と言えば会員数１千万人を超え、その年に上場を果たしたいまをときめくSNS(ソーシャル・ネットワークング・システム)。そこで連載ってどーいうこと？？<br />
<br />
ご存知ない方のためにここで説明をしておく。<br />
SNSというのはインターネット上のネットワークサイトで、会員の紹介を得て誰でも参加でき、自分のホームページを作ってプロフィールや日記（ブログ）を公開する。もちろん他者のHPも閲覧できる。「マイミクになろう」といって、HPをお互いに閲覧できる仲間に誘い合うこともできる。「コミュニティ」と呼ばれるサークルのようなものを自分で作って仲間を募ることもできるし、好きなコミュニティを探して参加することもできる。映画や書籍の「レビュー」もあるので、私は自作のレビューを毎日訪れ、感想をマメにチェックして活用している。これに参加することで昔の仲間と再会した、なんてエピソードはよく耳にする。まあ、一言で言うとネット上の巨大サークルと言えばいいんでしょうか。<br />
<br />
その「ミクシィ」で小説を書く。それ自体、普通じゃない気がした。ちなみに私に声をかけてくださった理由を堀内さんにうかがうと「なんだか原田さんは普通じゃないものを持っている気がして･･････」と言ってくださった。わたしは常々ノーテンキな人間なので、この「普通じゃないもの」というのを大変な誉め言葉であると受け止めた。いまだにご本人に真意は確認しておりませんが･･････<br />
ちなみに、ミクシィとのあいだをつないでいた代理店（アイメディアドライブ）から「野性時代」に企画を持ち込まれた時点で、堀内さんはミクシィの会員ではなかった。それなのに、「これはおもしろそうだ」と編集人としてのカンが働いたようだった。私はミクシィ会員になってすでに２年目だったので、これがどんなにポテンシャルの高い企画であるか、瞬時に理解できた。<br />
<br />
そんなわけで、「プロジェクト：普通じゃない」が始動した。原稿を書き始めたのが今年１月。連載が始まったのは３月。終了したのが５月で、出版されたのが９月という流れだった。一言でいうとあっさりしたものである。が、実態は。<br />
<br />
んもおおおう、普通じゃない。の一言。<br />
<br />
まずタイトル。「普通じゃない。Extraordinary.」というタイトルは、私が最初にすぐに思いついたものだったが、実はこれがなかなか通らない。キャメロン・ディアスの同名の映画もあるし、なんかもっとミクシィっぽいのもあるんじゃないか、と、私、編集部、代理店、ミクシィの四者で大議論になった。プレスリリースのぎりぎりまで論議したが、結局このタイトルに落ち着いた。私としては、もともと「普通じゃないトンデモ社長と、それにふりまわされる社員たち」という構造から物語をふくらませていたので、タイトルを譲れない気持ちがあった。しかし全員で議論をするということ自体はとても意義があった。それだけ全員が真剣に取り組んでくれている証拠なのだ。最後には全員、作者の意図を最重要視してくれたことも嬉しかった。<br />
<br />
それから本編の創作。なにしろこっちもまとまった連載というのは初めてだったので、各回のボリューム調整、入稿のタイミングなど物理的な制約にまず苦しんだ。そして、連載時は登場人物にスポンサーがつく、という前代未聞の仕掛けがあった。つまり、「矢車草輔にはトヨタのヴィッツ」「花房藤花にはSK-II」という具合。作中にさりげな?く商品名がでてきたりもする。このさじ加減が大変だった。やりすぎるともろ宣伝になってしまうし、全然出さないわけにはいかない。ぎりぎり、いい感じの露出にするのには相当腐心した。おかげさまでスポンサー各社には好評だったとのこと。ほんと、よかったです。<br />
<br />
そして最大の難関が、登場人物の日記。これこそがミクシィで連載することの真骨頂となったと思う。登場人物が本当のミクシィユーザーのごとく自分のHPを持ち、そのなかでプロフィールや日記を披露する。どんどんマイミクが増えて、主人公の御厨しいなは２千人を突破した。本作は「ミクドラ」と冠されて、ドラマ仕立てに登場人物を俳優やモデルさんが演じたシーンを小説に合わせてアップする、というのも特徴だったが、しいな役は池脇千鶴さんが演じてくださり、彼女のファンがHPにものすごく集まったんだと思う。<br />
まあ、とにかく。登場人物１１人の本編に連動した日記を合計２６０回、「私が」書いたわけです。<br />
ほんと、池脇さんファンのみなさんごめんなさい。きっと「そーか千鶴ちゃん、忙しいのに週３でアップしてんだな?」と思っていた方もいたんではないでしょうか。すいません、全部私が書いてました。ちなみにその間、この「マハ裸々日記」は完全にストップしておりました。んもうブログと聞いただけで拒絶反応を示してしまうくらい、毎日多重人格で書き綴ったわけです。友だちには「２４人のビリー･ミリガン」と言われる始末。<br />
<br />
しかしここのところ、とんと社会から隔絶されていた私は、世のOLさんたちのホットな情報がよくわからない。ネットを見たり「東京ウォーカー」を見たりしても限界がある。そこで角川書店の担当編集の佐藤さんが「いまOLのブームはホットヨガですよ！」「ベジタリアンカフェに行ったとか？」「銀座ショッピングですよ?」など、ネタ提供に奔走してくださった。OLだけじゃない。７６歳の江戸前じいさんからイケメン設計士まで（そして鉢植えの花までが日記を書くという異常事態･････詳しくは本書をご覧ください）幅広くネタ提供してくださった。ほんとうに佐藤さんを始め、企画に関わってくださった方々の努力には頭が下がる。それを思えば２６０本の日記ぐらいなんてことない･･････いや相当しびれましたが。<br />
本企画に関わってくださった方々のお名前が、本書の最後に掲載されたのも実に嬉しかった。文字通りの「プロジェクト：普通じゃない」。この方々の尽力なくして、本作の誕生はありえなかった。ほんとうにお疲れ様でした。<br />
<br />
そのほか、話せばまる一晩くらいかかってしまうであろうエピソードが山ほどある。<br />
<br />
本書は、「プロジェクト：普通じゃない」という大プロジェクトを珍社長と若手社員がどう解決していくか、というビジネスアドベンチャーだ。とはいえ城山三郎作品とはまったくかけはなれたコメディータッチ。正直、私の前二作とはかなり趣が違う。前作「一分間だけ」でしんみりした分、明るく笑い飛ばしてもらいたい、という意図もある。なにより、「目立たず、つっかからず、できるだけ普通にいい子でいる」傾向があるという最近の若い社会人に、「普通じゃないこと」のおもしろさを伝えたかった。そんなメッセージを読み取っていただければ、と思う。<br />
<br />
私はいつも、自作のタイトルに英語で副題を入れるようにしているのだが、今回は「extraordinary」とした。「普通じゃない」は「unusual」と英訳することもできる。でもわたしにとってはどうしても「extraordinary」なのだ。この言葉は、「最高にすばらしい」と訳すこともできる。<br />
ニューヨークに住んでいたとき、友だちとホテルのエレベーターに乗った。彼女の腕には、愛犬のペキニーズが抱かれていた。たまたま乗り合わせた紳士が、犬と顔を合わせたとたん、「He’s extraordinary!」とつぶやいた。そのときの友人の嬉しそうな顔といったら。あれ以来、この言葉は最高の誉め言葉のひとつだと、私はずっと思っている。<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2007-09-17T23:30:09+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=643668">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=643668</link>
    <title>岡崎、偶然の必然。</title>
    <description>4月9日、ようやく二冊目の書き下ろし小説「一分間だけ」が刊行された。待ちに待った二人目のわが子の誕生。初めての子供（カフーを待ちわびて）のときは驚きのほうが大きかったが、第二子は「よし！小さく産んで大きく育てるぞ！」と気合を入れてこの世に送り出した、ひと...</description>
<content:encoded><![CDATA[
4月9日、ようやく二冊目の書き下ろし小説「一分間だけ」が刊行された。待ちに待った二人目のわが子の誕生。初めての子供（カフーを待ちわびて）のときは驚きのほうが大きかったが、第二子は「よし！小さく産んで大きく育てるぞ！」と気合を入れてこの世に送り出した、ひとしお思い入れの強い作品です。<br />
1年半前まで、私には娘同様に育てた愛犬がいた。その名をマチェック。ポーランド映画の名作「灰とダイヤモンド」の主人公から拝借した名前の、ほんとに気のいいゴールデンリトリーバーだった。我が家にやってきて11年と半年、私が作家デビューする直前に癌でこの世を去った。「一分間だけ」は主人公の女性・藍とゴールデンリトリーバー「リラ」の命の交流物語だが、リラが癌で闘病するくだりはまったく私の体験に基づいた実話。それはそれは壮絶な闘いだった。闘病したのは約3ヶ月だったが、この3ヶ月間で、私は人であれ犬であれ、生きていくことの意味や大切さを学んだのだった。いつかは尽きる命とはわかっていたけれど、マチェックを失くした喪失感は何を持っても埋められないほど大きなものだった。マチェックが逝ってしまった翌週、彼女とのいつもの散歩道をひとり歩みながら涙が止まらなかった。なぜだかわからないけれど、私はいつかこの体験を物語にしなくちゃならない、と思いついた瞬間だった。もちろんその時は作家になるという自分の運命を知っていたわけではない。でも大切なものを失ってしまった悲しみと、それによって気づかされたささやかだけれど大切なことを、どこかで誰かに伝えたい、と思った。<br />
この本は、そんな個人的な体験に立脚した宝物のような本である。<br />
<br />
マチェックの魂が導いてくれたのか、不思議な、そして忘れがたい出会いがこの本によって生まれた。<br />
発刊前、宝島社の編集の井上さんと私は本作の表紙に関して悩んでいた。最初は犬のイラストでいこうと決めていたのだが、「絶対にこのアーティストがいい！」と私がラブコールした方が静物画専門であきらめざるを得ず、イメージの合う他のアーティストになかなか行き当たらなかったのだ。「写真にしましょう」と井上さんから勧められて探してみたが、犬を可愛く撮っても犬の命に迫る写真を撮る写真家にたどりつかない。そこでたまたま私がずっと昔に買って持っていたゴールデンの子犬のポストカードを引っ張り出して、「たとえばこんな感じの写真とか･･････」と試しに言ってみた。それがなんと大ベストセラー「盲導犬クィールの一生」の写真家、秋元さんだとは気づきもせずに。<br />
井上さんがポストカードの写真家にコンタクトしてくれ、会ってみて秋元さんと知り仰天した。その時点でほとんど運命的なものを感じてしまった。秋元さんはとても気さくな方で、快く撮り貯めていたゴールデンの写真を表紙に貸し出してくださった。たくさんあるストックの写真のどの犬も可愛かったが、その中でひときわ目を引いたのが、テーブルの下からシャイで寂しげな目をじっとこちらに向けている犬の写真だった。ほとんど直感で、私はその写真を表紙に貸していただくことに決めてしまった。<br />
それがｘｘ家の愛犬、ヴィヴィアン（通称ヴィヴィ）ちゃんだったのである。彼女の物憂げな、けれども一生懸命な目は亡きマチェックにそっくりだった。<br />
そんなわけですばらしい表紙が完成した。内容が伴わなくても表紙で満足してくれる人もいるんじゃないかと思うくらいだった（それはちょっと困るけど･･････）。テーブルの下から覗いているワンちゃんの目力はただものではない。いったいどんな生活をしている子なのか、どんなご家族が飼っているのか。どうしても会ってみたくなった。秋元さんにお尋ねしてみたところ、先方も「遊びにきてください」とおっしゃっているという。とんとん拍子で訪問が決まった。ｘｘ家は愛知県岡崎市在住であるという。飛ぶような気持ちで会いにいった。<br />
はたしてヴィヴィちゃんはマチェックそっくりの、気のいいゴールデンだった。そして飼い主ご一家もほんとうに気さくであたたかなご家族だった。ヴィヴィを娘のごとく可愛がるご両親、ヴィヴィに妹のように親しむ20代の美人姉妹･･････絵に描いたような幸せなご一家に育てられて、ヴィヴィは幸せな人（犬）生を送っていた。私が訪問した夜は大変に歓待してくださり、ヴィヴィを囲んで話が尽きない夜となった。お母さんはヴィヴィが表紙になって喜びのあまり「最初に買った一冊はサランラップにつつんで家宝にします」とおっしゃっていた。お父さんも「いまや娘たちも振り向いてくれなくなったので、ヴィヴィだけが私に優しくしてくれるんです･･････」などと悲喜こもごもの様子。私は久しぶりに大型犬と心ゆくまで遊べて、マチェックをつくづく思い出す懐かしい夜となった。<br />
翌日、ｘｘご夫妻は私を岡崎案内してくださった。八丁味噌の工場見学、おかざき子供美術館（ピカソの子供の頃の作品を秘蔵。展示していなかったのだが、お父さんが岡崎市民としての市民権を行使した結果、なんとわざわざお蔵から出してきて見せてくれた！）訪問などなど、短い滞在でかなり盛りだくさんの楽しい一日となった。八丁味噌本家で味噌煮込みうどんを食したが、あまりのうまさに「日本人に生まれてよかった･･････」と唸る。世界に誇る健康食品を何百年も作り続けている。岡崎はほんとうに偉大な場所である！！<br />
「ほんとうにマチェックとヴィヴィがめぐりあわせてくれた縁ですね」とご夫妻は何度もおっしゃった。嬉しそうに笑顔を並べるご夫妻を前に味噌煮込みうどんを啜っていると、こうなるべくしてこうなったような気さえした。すべての偶然は、必然である･･････と誰かが言った。「カフー」と出会ったときもそうだったけれど、そういうことなんだ、と素直に信じられる気がする、岡崎訪問でした。<br />
ちなみに、岡崎訪問でもっとも驚いたのは、ヴィヴィがゴールデンじゃなくてラブラドールだったってこと。両親ともラブなんだそうな。ええっ!　じゃあどうしてこんなに毛が長いんですか？！と驚いて尋ねる私に、お父さんは「先祖がえりでしょう」とこともなげに答えていた。<br />
<br />
<img src="images/vivi.jpg" width="350" height="259" alt="vivi" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">(ヴィヴィ)</span>
]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2007-08-24T01:34:41+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=618325">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=618325</link>
    <title>幸福な場所。</title>
    <description>マンハッタン、セントラルパークに来ている。

きのう、ローカルニュース「FOX5」で「今日からセントラルパークで無料ワイヤレスインターネットに接続が可能となりました！」というニュースを聞いた。
それで、来てみた。セントラルパークのほぼ中央にある、「シープ・...</description>
<content:encoded><![CDATA[
マンハッタン、セントラルパークに来ている。<br />
<br />
きのう、ローカルニュース「FOX5」で「今日からセントラルパークで無料ワイヤレスインターネットに接続が可能となりました！」というニュースを聞いた。<br />
それで、来てみた。セントラルパークのほぼ中央にある、「シープ・メドウ」という芝生公園に。都市のど真ん中にぽっかり開いた緑色のサークル。まるで舞台の背景のように、セントラル・パーク・サウスの高級ホテルやビル群が、その向こうに一列に並んでいる。ちなみに、ネットをやってる人は一人もいない。<br />
<br />
<img src="images/NY_4.jpg" width="350" height="263" alt="NY4" class="pict" /><br />
<br />
<br />
肌を焼くビキニの女性、ベビーシッターと子供たち、昼寝をする学生とホームレス。<br />
アイポッドを聞きながら、大声で歌ってる人もいる。<br />
別に、何もない。緑のじゅうたんと、都市の風景。それだけなのに、完璧な楽園がここにはある。きっとオフィスや家に帰れば、ネットで世界と繋がれる、という安心感があるから、ここではネットなんか忘れてくつろぐ幸福な時間を過ごせるんだろう。<br />
<br />
きのうはミッドタウンにあるブライアント・パークに行ってきた。締め切りの迫っている原稿をいくつか持ってきてしまったから、仕事をしにいったのだ（ホテルの部屋では眠くなるとすぐ横になってしまうので、なかなか時差ぼけが解消されないし）。<br />
<br />
<img src="images/NY_2.jpg" width="350" height="263" alt="NY2" class="pict" /><br />
<br />
私は00年にニューヨークに一時期住んでいたことがある。そのとき、NYに住んでいた友人に誘われてこの公園へやってきて、すっかり気に入ってしまった。セントラルパークに比べると規模はごく小さなものだが、ニューヨーク図書館の裏手、タイムズスクエアのすぐ近く、という好立地で、昼時やアフターファイブに近所のオフィスワーカーが続々と集まってくる。くつろぎかたはそれぞれだ。ランチをする人、PC持参で仕事をする人、ネットをする人（ここはずいぶん以前からフリーネットアクセスできる場所だった）、読書する人、昼寝をする人。深緑色の木製チェアがあちこちに散らばっていて、それを自分のお気に入りのポジションへ持っていって自分だけの場所を作る。オープンエアのライブラリーまである（近所の会社がその管理をボランティアでやっているようだ）。チェスに興じる人々がいる。朝には「無料太極拳教室」も開かれている。背景はエンパイアステートビルを含むマンハッタンの摩天楼。一続きのビル群を、ところどころ大きく育ったプラタナスの緑がさえぎっている。リスもスズメも青虫までもニューヨーカー然として、人間とコミュニケーションしている。利用している人たちは、適度な節度を持って隣人と接し、誰にもいわれなくてもゴミ箱にゴミを捨て、借りた本は元の位置に戻す。なんて自由で自然で、そして幸福な場所なんだろうか。<br />
<br />
<img src="images/NY_1.jpg" width="350" height="263" alt="NY1" class="pict" /><br />
<br />
<br />
こういう公園に出会ったとき、ニューヨークという都市の懐の深さに触れる気がする。世界のビジネスの中心地として、限りなく緊張を強いられる場所もたくさんある。文化の発信基地としてのプライドもある。そして期せずして攻撃にさらされた悲劇の都市にもなった。けれど、こうして幸福な場所を、すべての人々のためにやっぱり開き続けている。肌の色が違っても宗教が違っても、男でも女でも金持ちでも貧乏人でも、すべての人々のためにこういう場所がある。意識して作ったわけではない。ごくゆっくりと自然に、かたちづくられた幸福な場所なのだ。<br />
この楽園が永遠でありますように、と願いつつ、クリスピー・クリーム・ドーナツを食べに行くことにする。<br />
<br />
<img src="images/NY_3.jpg" width="350" height="263" alt="NY3" class="pict" /><br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2007-07-27T10:53:36+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=591815">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=591815</link>
    <title>イタリアの古い古い友人たち</title>
    <description>フィレンツェに来ている。

かれこれ二週間イタリアにいる。ヴェネチアでは3日間、水戸芸術館のキュレーター・高橋瑞木ちゃんと一緒だったが、それ以外ずっとひとりだ。ほんとによくひとり旅をする。ひとりで旅をするときは、たいてい古い友人に会いに行く。

世界の...</description>
<content:encoded><![CDATA[
フィレンツェに来ている。<br />
<br />
かれこれ二週間イタリアにいる。ヴェネチアでは3日間、水戸芸術館のキュレーター・高橋瑞木ちゃんと一緒だったが、それ以外ずっとひとりだ。ほんとによくひとり旅をする。ひとりで旅をするときは、たいてい古い友人に会いに行く。<br />
<br />
世界のどんな都市に行っても私を待っていてくれる古い友人たち。それは美術館と、そこに展示されているアートの数々だ。ずっと会いたかった友人がいるから、ひとりでどこに行こうとちっとも寂しくないし、いつも心が躍る。朝目覚めて、身支度をして、うきうきと美術館に出かける瞬間。つくづく美術に親しむ人生を送ってきてよかったと思う。以前は仕事で権威主義の館長や気難しいキュレーター、お金持ちのコレクターに会わなければならなかった。それは確かにいい経験だったが、責任感と緊張でどうもリラックスできず、作品解説などを受けてもちっとも頭に入らなかった。アポイントもなく、気軽に出かけていって、会いたかった友人たちに「元気だった？どうしてた？」と話しかけるほうがよっぽど楽しい。<br />
<br />
ミラノから始まって、パドヴァ、トレヴィゾ、ヴェネチア、ローマ、アッシジと旅して、おとといフィレンツェにたどり着いた。雑誌の取材と自分の小説の取材の両方が目的ではあったが、気がつくと友人たちにひたすら会いまくる状態になっていた。ヴェネチアはもう十回以上訪ねたし、ローマもアッシジもフィレンツェも訪問済みなのだが、何度来ても会うべき友人の多さに驚く。「会いに行く友人リスト」を作ろうかとも思ったがすぐに挫折。何しろ半端じゃない美術館と美術品の数だ。2、3日では制覇できるはずもない。<br />
<br />
パドヴァでずっと見たかった「スクロヴェーニ礼拝堂」に行く。今興味をもっている14世紀の画家、ジオットが円熟期に描いたキリストの生涯のフレスコ画が残っている。何週間も前に予約した上に、作品保護のため15分しか鑑賞を許されない。礼拝堂に入る前には礼拝堂と同じ温度の部屋で作品解説のビデオを強制的に見せられ、体温を部屋の温度に適応させるという徹底振り。ここまでして入って、ずっと会いたかった友達にたった15分しか会えないとは。<br />
<br />
「はじめまして。会いたかったよ。で、まずマリアが生まれるところから話は始まるんだよね。それから受胎告知があって、キリストが生まれるんだよね？色んな奇跡が起こるんだよね？最後の審判があるんだよね？それにしてもフレスコ画ってさっさと描かないとだめなんだってね。大変だったね、描くの苦労したでしょ？でね、私のほうはね・・・」と矢継ぎ早に話しかけて、はい時間切れ。日本から24時間以上かけてやってきたのに、パドヴァの友人との別れはあまりにも早くやってきたのだった。<br />
<br />
アッシジは世界遺産にも指定されている美しい古都。「小鳥の聖人」と言われる聖フランチェスコが眠る大聖堂のある、フランチェスコ教会ゆかりの町である。大聖堂にはやはりジオットの描いた聖フランチェスコの生涯のフレスコ画がある。こちらは時間無制限で体温調節の必要もない。2日間かけて、とにかくじっくりこの友人とは膝詰めで話し合えた。<br />
<br />
「ひさしぶりだね」「ほんとに。前回君が来てくれたのはいつだったっけ？」「もう15年前だよ」「ほんとに。忘れずに来てくれたんだね」「実はしばらく忘れてたんだけど、なんだか急に思い出してね」「なにがあったんだい」「実は小説家になってね。あなたの話を書こうかな、なんて思って」「そりゃ難しいよ。本気で？」「まあ、いまのところ」<br />
そんな話をした。実に楽しい。話が弾んで、いつまでもいつまでも絵の前にいた。<br />
<br />
そしてフィレンツェ。実は過去二回来て、二回ともウフィッツィ美術館に行き損ねている。理由はあまりにも長い行列に仰天してあきらめてしまったのだ。今回こそは絶対に、友人たちを裏切るわけにはいかない。用意周到に「9時入場」のチケットの予約をして、早起きして意気揚々と会いに出かけた。<br />
<br />
ところが、である。さぞスムーズに入れることだろうと思っていたら、予約チケット窓口のドアはがっちりと閉じたままでその前にまたもや長蛇の列。何事かと思ったら、なんと警備員のストライキ。何時に開くかわからないという。ウフィツィ美術館といえば、世界三大美術館のひとつ。そんなことがあろうとは、誰が想像できただろうか。<br />
ここまで来たからにはもはや引き下がれない。必ず会いにいく、という友人たちとの約束を破るわけにはいかない。待った。待ち続けた。待てども待てどもドアは開かず、ますます列は延びていく。2時間経った。寒い、トイレに行きたい、足が棒になる。帰るべきか、とどまるべきか･･････<br />
<br />
2時間40分、ドアが開いた。うわーっとなだれこむ人垣。ドアに立つのはたったひとりのイタリア人スタッフ。「エイトフィフティーン！エイトフィフティーン！」と地声で叫んでいる。8時15分に予約してる人から入れってことだろうけど誰も聞いてない。場所が場所なら暴動が起こっていただろうが、辛抱強い大人の観光客（ほとんどアメリカ人）たちは、ようやく状況を把握してもう一度形勢を立て直した。9時予約の番が来て、ようやくチケットをゲット。チケット売り場に入ることを許された人々は、ワールドカップの決勝戦のチケットを手に入れたような表情になっている。ここまで破壊的にコントロールできていない美術館は私の長い美術館人生で本当に初めてだった。それでも私は耐えたのだ。「会いにいくよ」という友人たちとの約束を果たすために。約束というよりむしろ苦行だったけど。<br />
<br />
ウフィツィの友人たちは実にあたたかく私を迎えてくれた。ボッティチェルリの「春」に会ったときの気分を、いったいどう表現したらよいのだろうか。警備員がストライキしようが入場料が高かろうが、足が張ろうがお腹が空こうが、もう何もかも許す。そんな気分だった。春の女神はやわらかに私に向かって（たぶん私だけに向かって）笑いかけ、語りかけてくれた。<br />
よく来てくれたね。約束を守ってくれたのね。さあ、これを受け取って。<br />
観光客でざわめくギャラリーは、一瞬にして花畑になった。時を超えて続く、私たちの友情。だからきっと私はまた、会いに帰ってくるだろう。懐かしいイタリアの古い友人たちに、時を超えて。<br />
<br />
<img src="images/20070701.jpg" width="350" height="263" alt="フィレンツェのドゥオモ" class="pict" /><br><span style="font-size:x-small;">(フィレンツェのドゥオモ)</span><br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2007-07-01T23:14:37+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=484520">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=484520</link>
    <title>オムライスが消えた日。</title>
    <description>私は自他共に認める食いしん坊である。超B級グルメである。B級グルメ関連の文章をいつか書きたいと思っている。目標は東海林さだお師匠。「丸かじり」シリーズは私の座右の銘であります。
食べたい、と思ったら、どこまでも出かけていく。うまいもののある地方の町では、...</description>
<content:encoded><![CDATA[
私は自他共に認める食いしん坊である。超B級グルメである。B級グルメ関連の文章をいつか書きたいと思っている。目標は東海林さだお師匠。「丸かじり」シリーズは私の座右の銘であります。<br />
食べたい、と思ったら、どこまでも出かけていく。うまいもののある地方の町では、「グルメ街頭インタビュー」なるものも敢行する。たとえば札幌。商店街に立って、いかにもラーメンを毎日食べてそうな青年に声をかけ「一番うまいラーメン屋ってどこ？」と聞く。別にナンパしてるわけじゃありません。青年たちは初めのうちこそびっくりしているが、聞かれても結構、嫌じゃないのだ。詳細に教えてくれる。地図も書いてくれる。一番のオススメメニューも教えてくれる。何人かにインタビューして、総合的に判断を下す。で、行って食べる。緻密な調査の上たどりついたラーメンがまずいはずがない。大満足で、その町の評価が自分の中でぐぐっと上がる。<br />
日本各地にうまいもの、あり。ガイドブックは信じない。自分の足と目と舌で確認する。そんなことをここ数年続けている。<br />
<br />
上野の博物館へ出かけていった帰り道、ふと思い出して東京都美術館に立ち寄る。ここには私が長年愛してやまない一品を供してくれる美術館食堂がある。<br />
そう、それはオムライス。<br />
お子様ランチのケチャップ御飯を作るときに使う（最近はそんなことしないかもしれないけど）「型」を使って、「ぱこっ！」と亀の甲羅型（？）に作られたケチャップライス。それをつるんとくるむ菜の花のごとき黄色い焼き卵。その上ににゅるんとかけられたひと匙の真っ赤なケチャップ。一切の装飾を剥ぎ取った、ミニマルともポップとも言えるその色と形。単純明快にして春の陽だまりのごとく暖かで懐かしい味。と書いている今も食べたくてうずうずする。そんなノスタルジックなオムライスが食べられる食堂なのだ。<br />
いつ行っても混んでいるんだけど、食券を買って自分で勝手に相席をお願いする。展覧会のカタログやスケッチブックをテーブルに載せた御老人やアーティストの卵のような若者。平日の午後には孤独を道連れにしつつ美術館のひとときを楽しむ、そんな人たちとテーブルで向かい合う。誰もがチキンライスやオレンジ色のスパゲティナポリタンが出てくるのを今か今かと待っている。食堂で働いている人たちもいい。年季の入ったおばちゃんたちが、紺色ワンピに白いフリルのエプロンをつけ、白いソックスに白いサンダルといういでたちできびきびと走り回る。200席はあろうかというテーブルへ、寸分間違わずにオムライスを届けてくれる。「はい、オムライスねー」と少々乱暴に運んでくるのも味がある。「･･･でよろしかったでしょうか？」とマニュアル通りに注文を繰り返す若造には真似できない、客との間合いを楽しんでいるような感じが実にいい。<br />
私の定番、オムライス＋真緑色のクリームソーダ。これらが並んだテーブルと、大きな窓の向こうに広がる四季折々の上野の森の風景。さっきまで見ていたセザンヌのサン・ヴィクトワールの風景を重ねたりするのは、きっと私だけではあるまい。<br />
と、いうようないつもの食堂の午後を思い描いて、その場所に一歩踏み込んだ私は愕然とした。その場所は食堂ではなかった。レストランだった。食券もない。おばちゃんもいない。今風な制服に身を包んだ若いウェイターが注文を取りに来る。相席もなく、一人の客は窓に向って一列にならんだカウンターのようなテーブルに前を向いて座らされる。悪い予感がしたが、私はオムライスを頼んだ。「かしこまりました」としごく丁寧にウェイターは厨房へ去っていった。5分とたたずに、オムライスが運ばれてきた。<br />
が、それはオムライスではなかった。どこかの洋食屋がはやらせた「半熟ふわっと炒り卵を載っけた炊き込みご飯」だった。ぴしっと音を立てて、私のなかの「午後の夢」が砕けた。<br />
オムライスという名を冠した妙な食べ物はまずかった。<br />
こんなときの苛立ちをいったい何にぶつければいいんだろう。オムライスを食べるために十分空っぽだった私の胃を、空のままに出て行く以外ないだろう。が、食べ物を残すのは私の「食のポリシー」に反する。くやしかった。ほとんど泣きそうな気分で私はそれを食べた。最後にほんのひと匙を残すことでかろうじて逆らってみたが、効果があるレジスタンスにはなりえなかった。<br />
店を出るとき、底知れぬ敗北感を味わった。<br />
きっと東京都は、「よりよいサービスといまどきのメニュー」を検討し、新たなレストランオペレーターを導入したに違いない。その結果、オムライスはその姿を消したのだ。<br />
こうして世の中から、古くさくて素朴なものがまたひとつ消えた。私のなかでは上野の名所がひとつ消えたことになる。<br />
あのオムライスは無形文化財だっんだ、と気がついた。少なくとも私にとっては。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2007-02-27T11:46:58+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=430754">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=430754</link>
    <title>岡山で揮毫。</title>
    <description>岡山に行ってきた。
岡山は私の第二の故郷。もっとも多感な時期、小学校六年生から高校三年生までを過ごした。私の兄は高校の三年間を過ごして、その頃の思い出を綴った「１７歳だった！」は、身内が読んでもかなり痛快なのだが、その兄よりも長い期間を過ごしたことにな...</description>
<content:encoded><![CDATA[
岡山に行ってきた。<br />
岡山は私の第二の故郷。もっとも多感な時期、小学校六年生から高校三年生までを過ごした。私の兄は高校の三年間を過ごして、その頃の思い出を綴った「１７歳だった！」は、身内が読んでもかなり痛快なのだが、その兄よりも長い期間を過ごしたことになる。思い出を紐解けば際限なくあふれ出す街である。<br />
私の母校、山陽女子高校が今年創立120周年だという。私が作家になったことを知った恩師・谷口舜先生が連絡を下さり、久しぶりに電話で話した。20数年ぶりに聞いた先生の声はまったく変わりなく、まるで17歳の頃に戻ってしまったかのごとくの気分になった。<br />
そんな母校からとんでもない依頼が。「創立記念で表町（市中心の商店街）のアーケードに色々展示をするのだが、一筆揮毫してはもらえないか」とのこと。<br />
き、揮毫？！そんな大それたことをこの私が？！武者小路実篤ならともかく、ヒョッコのわたくしめが････と恐縮したが、お祝い事に水を差すのもどうかと思い、承諾した。母校の掲げるスローガン「愛」「奉仕」「感謝」のうち、「感謝」を書いて欲しいとのこと。<br />
感謝･･････確かに、感謝したい気分ではありますが。で、半紙ではなく布が送られてきた。しかも３ｍｘ１ｍくらいの。それと、ペットボトルくらいの太さの巨大な筆が。<br />
書道といえば小学校六年生のとき、近所のお寺の習字教室で「道」などと書いて以来なのに。いきなりこの難易度。泣きたくなった。いっそ「恩師の似顔絵を描いてください」と言われたほうがましだ。途方に暮れたが、大学時代の先輩・書道師範マコさんに指導を依頼した。マコさんはかなりアブストラクトな手本を原寸大でしたためて送ってくれた。しかし達筆すぎてとても真似できそうにない。ええい、ままよ！やったれ！！ということで、人生初巨大揮毫に挑戦。<br />
我が家の小さなリビングの床に新聞紙を敷き詰め、ガムテープで布を固定。マコさんの手本を横に置き、しばし瞑想で筆のストロークをイマジネーション。気分はすっかり榊莫山。ほうきのような筆にたっぷりと墨汁をつけて、ぬおーっ！とばかりに一気に書き上げました。で、これがその結果。<br />
<br />
<img src="images/kansya.jpg" width="350" height="263" alt="愛奉仕感謝" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">(愛＆奉仕＆感謝)</span><br />
<br />
後日、岡山を訪問していそいそと見に行く。ありました。吊るしてある。しかも、同窓の先輩の元水泳選手、木原美知子さん揮毫の「愛」とともに･････青春時代、よく通った喫茶店がある表町のアーケードからぶら下がっていた。もしも17歳の私が喫茶店から出てきたところに予言者がやってきて、「27年後、あなたの書いた３ｍｘ１ｍの『感謝』という文字が、このアーケードからぶら下がっているだろう」と言われたら。私はその予言者を変質者だと疑うに違いない。というほどシュールな場面だった。<br />
私がさかんに写真を撮っていると、近所のお店の人がやってきて「もしかして、この文字を書いた方？」と尋ねられる。「はい、そうです」と答えると、「まー、お若い方だったんじゃね。達筆だから、どねーなお年寄りかと思うとったんよ」とおっしゃる。いや、それはどうも、恐縮です。「失礼じゃけど、何をしてらっしゃるん？」兄と違って、岡山では私の名を知る人は少ない。「駆け出しの作家です」と恥ずかしながら答えると、「あー、そうじゃったん。スポーツ選手かと思うとったわ。プロレスラーの･･････」<br />
いや、それはマッハ文朱です。と思わず突っ込みそうになった。<br />
<br />
母校では谷口先生ならびに諸先生方、図書委員の在校生の皆さんが出迎えてくださって、本当に楽しいひと時を過ごした。図書委員の皆さんの目がきらきらしていて、私たち本が大好きです！という気持ちがじんわり伝わってきた。彼女たちが心底楽しんだり笑ったり泣いたりできるような物語を書きたい、と俄然決意も新たになった。<br />
<br />
<img src="images/sanyogirls.jpg" width="350" height="263" alt="山陽女子高の皆さんと" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">(山陽女子高の皆さんと)</span><br />
<br />
東京に帰る最終便の直前まで、谷口先生と表町の割烹にてさし飲みする。積もる話はまったく尽きなかった。と言っても一方的に私がしゃべくったのだが、先生は黙って笑顔で耳を傾けてくださった。教え子の話にじっと耳を貸すところは、まったく変わっておられない。<br />
もしも予言者が17歳の私に「27年後、あなたは表町の割烹で谷口先生とさし飲みするだろう」と囁いたら。それってどういうシチュエーション？！と泡食ってしまうに違いないな、きっと。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2006-12-11T22:55:39+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=393825">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=393825</link>
    <title>あれから一年。</title>
    <description>あれから一年経った。
「あれ」というのは、愛犬のゴールデンレトリバー・マチェックが死んだ日。２００５年１１月２日、午後３時頃、１１歳半の彼女は誰にも看取られずに死んでいった。
いつかはやってくることと知りながら、こんなに泣いたのは人生初めてってくらい泣...</description>
<content:encoded><![CDATA[
あれから一年経った。<br />
「あれ」というのは、愛犬のゴールデンレトリバー・マチェックが死んだ日。２００５年１１月２日、午後３時頃、１１歳半の彼女は誰にも看取られずに死んでいった。<br />
いつかはやってくることと知りながら、こんなに泣いたのは人生初めてってくらい泣きました。わああ！ってね。子供みたいに。不思議なことに、あの日から一度も泣いていない。あの日で泣くのはとりあえず終わり！マチェックがそうしてくれたような気がしてならない。<br />
<br />
去年の１１月は色んなことがあった。<br />
恵比寿に念願の６０ｓカルチャーショップ<a href="http://www.triggertokyo.com">「TRIggER」</a>をオープン。それが１１月１日。マチェックはそれを待つように、翌日死んだのだった。店のことがなかったら、悲しみにくれていただろう。でも店をオープンして、仲間たちとワイワイすごしたりお客さんと話をしたりすることで本当に助けられた。店を作ってつくづくよかったと思う。<br />
それから、月末には日本ラブストーリー大賞をいただいた。それこそ人生が大きく変わったできごとだった。<br />
１１月３０日夜９時。自宅の電話が鳴った。私は呼び出し音にびびっておろおろ。なぜかというと、実はその前日から某文化系ストーカーにひっきりなしにコワい電話をかけられていたのだ。このストーカーは有名（？！）なストーカーらしく、私の知人のクリエイターも何人かやられている。演劇、デザイン、アート、文学系のクリエイターを狙って「おれを起用しろ！」と迫る文化オタクストーカー。自分は才能あるのに、なんで見出されないんだ・・・何故？！と誇大妄想してしまったらしい。知り合いのクリエイティブディレクターSさんは「そりゃ、原田さんも一流のプロデューサーになったって証拠だよ」とのたまう。それっていいことなのか悪いことなのか？！とにかくそいつに目をつけられてしまったのだった。<br />
電話が怖い私にかわって夫が「よし！おれが・・・」と出る。「もしもし（怒）」とコワめの声で出た彼が、だんだん「はいっ・・・はいっ・・・はいっ？・・・はあ。はいはい」と急激に豹変するではないか。あやしい、怪しすぎる！ストーカーの脅威に屈したのか？！<br />
「宝島社のIさんからだって・・・・」と受話器を渡され「へ？？」となる。受話器の向こうから「原田さんですか。宝島社のIと申します。このたび、日本ラブストーリー大賞を受賞されました。おめでとうございます」と言われたじゃありませんか。ええーっ？！<br />
晴天の霹靂とはこのことだろう。ストーカーにもびっくりしたが、受賞の電話にも仰天した。どうして一個ずつ出してくれないんですか、神様？！って感じでした。<br />
<br />
ということであれから一年。天国のマチェックのために、彼女の好きなレバーのミルク煮を作り、写真の前に供える。今日も涼しく檸檬を置こう・・・って高村光太郎の気分で（レモン哀歌：千恵子抄参照）。<br />
あれからずっと私がやっていること。それはマチェックに花を手向け、店を開け、小説を書くこと。これからもずっと続けていきたいと思っている。<br />
このブログもずっと続けられますように。（回数は少なくとも・・・）<br />
<br />
＜後日談＞ストーカー氏はその後、芥川賞作家O.A.さんを狙ったためついに逮捕されたとか。大物狙いすぎだろ。<br />
<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2006-11-02T16:32:12+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=378180">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=378180</link>
    <title>道東 in Deep</title>
    <description>沖縄の話を続けて二本書いたので（「カフーを待ちわびて」・「夏を喪くす」）、筋金入りの沖縄マニアと思われている私。まあそうなんだけど、実は北国にも足しげく通ってます。

ということで夏の終わりの北海道へ行ってきた。いつもの旅の道連れ・御八屋千鈴（おはちや...</description>
<content:encoded><![CDATA[
沖縄の話を続けて二本書いたので（「カフーを待ちわびて」・「夏を喪くす」）、筋金入りの沖縄マニアと思われている私。まあそうなんだけど、実は北国にも足しげく通ってます。<br />
<br />
ということで夏の終わりの北海道へ行ってきた。いつもの旅の道連れ・御八屋千鈴（おはちや・ちりん）とともに。ちりんは私の知人の間では有名人。私がどこかへオフで出かける時、その道連れとしてかなりの頻度で登場する。「オトコなんじゃないか」とも囁かれているが（だったらいっそいいんだけど･･･）、大学時代からの長い友人。うまいものとくつろぎにすべてを賭ける女二人旅は、いつしか「ぼよよんグルメ旅（略してぼよグル）」と呼ばれるようになった。東西南北、縦横無尽の国内旅行は年5回くらい実施される。二人とも小遣いの大部分をこの旅に突っ込んでいるため、普段は質素な生活を強いられている。が、本当にやめられないのだ。ちなみにある時から自分のことを「旅スタイリスト」とか呼んでみたが、まったく定着しなくてあきらめた。<br />
<br />
今回のぼよグルのルートは札幌＝定山渓＝美幌峠＝屈斜路湖＝阿寒湖＝弟子屈＝摩周湖＝羅臼＝知床。７泊８日。ヨーロッパに十分行ける日程と予算でディープに道東を制覇。これぞぼよグルの真骨頂です。<br />
<br />
以前一度滞在して忘れられなかった宿がある。弟子屈にある小さな小さな宿、「おやど　かげやま」。あらゆる旅館に泊まり歩いている私だが、この小さな宿ほど忘れられなかった場所はない。<br />
<br />
オーナーの蔭山さん夫妻は、千葉から道東に移住して小さな宿を開いた。一日二組、子供連れ不可、全館禁煙のこの宿は、まるで古い友人の家を訪ねたような心安さとあたたかさ。<br />
小さいけれど心地のよい部屋、貸切の露天風呂（源泉かけ流し）にそっと置かれた冷えたドリンク、野菜ベースの心のこもった手料理･････なにより「しーーーーーん」という音が聞こえるほどの完璧な静寂。この世にこんなに静かなところがあったんだ････としみじみ感じられる。「せわしないことは全部忘れて、大人がゆっくりくつろげる場所を作りたかった」という夫妻の思いが見事形になって生まれた。そんな感じだ。<br />
蔭山夫妻のあたたかな人柄もすばらしい。本好きの奥様（兄の本もたくさん読んでくださっていた）、シャイなだんな様。だんな様の蔭山さんはものすごいメカ音痴で、そこがまた愛嬌があっていい。こんな暮らしもいいなあ。早めにリタイアして移り住もうかなあ。そんな気分にさせられる。でも自分で極寒の冬に心地よい家を保持できる能力なんて到底ないだろうから、蔭山さんのところに時々帰ってくるようにしよう。<br />
<br />
<img src="images/kageyama.jpg" width="300" alt="" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">(お宿かげやま)</span><br />
<br />
<br />
旅の後半、羅臼から知床の東側の端っこのほうまで行ってみた。海沿いの道を国後島を眺めながら走る。地元の漁船がロシアに拿捕された直後だったが、うーん、あれはどう見ても日本なんじゃないか･････そのくらい近かった。泳いで行けるんじゃないかと思ったくらいだ。道が果てるところまで行ってみようと走り続け、とうとう端っこに行き着いた。<br />
知床の端っこは本当に何もないところだった。海と空と石ころだけ。ちりんがトイレを探しに行っているあいだに、海に向かって延びている防波堤の上をとことこと歩いて行ってみた。<br />
その防波堤の上で出会ったのが二人の男の子、佐々木君とワタル君だ。ライダーっぽい格好で、私が歩く前後を海に向かってやはりとことこと歩いている。防波堤の先端まで来たところで、私たちは肩を並べて佇むことになった。最初に声をかけてきたのは佐々木君だった。妙齢（？）の女性がひとりでこんなところに自分たちと立っていることに興味を持ったに違いない。二人とも大学２年生。まさに人生の真昼に差し掛かったところだ。バイクが好きで、北海道一周をするために東京からはるばるバイクで来たと言う。さすが若者、パワーが違うなあ。私たちはしばらく会話して、記念写真を撮った。<br />
「不思議な感じですねえ。こんな日本の端っこに、同じ時間に立ってるなんて」と二人がしみじみ言う。私もつくづくそう感じた。私の前のオフィスは神田にあったのだが、ワタル君は神田駅近くでバイトしているという。神田で会ったとしても、何の不思議も感じなかっただろう。<br />
それは、まぎれもなく日本のもっとも端っこだった。少しでも時間がずれていたら、私たちは一言も会話することなく、それぞれの目的地に向かっていたに違いない。<br />
最後に私が作家であることを告げると、ワタル君は「本屋で見ました。是非読ませていただきます」と言ってくれた。お互いの旅の無事を祈りあって、私はまた防波堤をとことこと戻っていった。じりじりと照りつける北国らしくない太陽の下で、ちりんは辛抱強く私を待ってくれていた。私はとてもさわやかな気分でエンジンをかけた。<br />
海岸沿いの道を来たとおりに戻っていくと、バックミラーにバイクが二台映っている。彼らだった。私たちの車を追い越し際に、軽く親指を立てて合図を送り、勢いよく走っていった。<br />
「かっこいいなあ」とつぶやいたのは、ちりんだった。<br />
<br />
<img src="images/shiretoko.jpg" width="300" alt="" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">(知床の先端。何もない夏です。)</span><br />
<br />
こういう出会いがあるから、旅はやめられないのだ。ワタルくんはその後、このURLに「カフー」を読んだ感想を送ってくれた。それから私たちはミクシー仲間になった。日本のもっとも端っこで出会った男の子たち。どんな未来が彼らを待っているのかな。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2006-10-11T13:52:16+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=332402">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=332402</link>
    <title>沖縄ネイキッド・ガイ！</title>
    <description>旅から旅。旅ばっかりしているうちに、この前ブログをアップしてから軽く三ヶ月以上経ってしまった。スタッフのユミちゃんからは「ブログなんて２-３行でもいいんです！」と勧告を受ける。しかし、物書きの身となったいま、いい加減なものも書けないし（言い訳）。

と...</description>
<content:encoded><![CDATA[
旅から旅。旅ばっかりしているうちに、この前ブログをアップしてから軽く三ヶ月以上経ってしまった。スタッフのユミちゃんからは「ブログなんて２-３行でもいいんです！」と勧告を受ける。しかし、物書きの身となったいま、いい加減なものも書けないし（言い訳）。<br />
<br />
とにかく、先月初めにまたまた沖縄に行ってきた。中学校時代からの親友、つんちゃんと一緒だ。彼女とはほぼ二十年前に一緒に初沖縄訪問したのだが、ものすごい台風に見舞われて一歩もホテルから出られず「沖縄って安ホテルの町」というイメージが彼女にはこびりついてしまっていた。でも「カフー」を読んで「そんなにいいなら行ってみたい！」と大阪より参加、那覇で合流することに。しかし彼女は嵐を呼ぶ女。またしても台風に直撃されてしまった。７月上旬といえば、もっとも台風が来ない時期。そこをわざわざ選んだのに、あっちも狙い済ましたかのようにまたもや直撃しやがって。私たちは那覇のホテルのロビーでくさくさしていたが、その時とんでもない男に出会ってしまった。<br />
通称キャンディ、４９歳。名護在住の漁師・ダイビングインストラクター・トラベルコンサルタント・料理人・その他。バツ４・子ありで、来年２６歳の東京在住の女の子と結婚予定。謎の男である。ちなみに名前に反してオカマではない。<br />
「行くとこないんだったら、体験ダイビングする？」と人懐っこそうに寄ってきた。ウチナーンチュらしいなれなれしさと笑顔。言葉巧みに私たちを誘う。半信半疑だったが、そこは物書きの性、好奇心のほうが勝った。「じゃあ、お願いします」と恐る恐る承諾するやいなや、私たちのレンタカーの運転席に座ると、あっというまにキャンディは私たちを秘密のビーチへ連れ去ってしまったのである。<br />
なんだ、このおっさんは？！<br />
<br />
ものすごい勢いでしゃべり、自分の半生を語り（とても公にはできないような秘密もあった・・・）、死ぬほどやかましい道中を我慢して、たどり着いたのはため息が出るほど美しいビーチ。手際よくダイビングの準備をすると、私たちを未知の世界へと連れて行ってくれた。すばらしかったのは夕方から夜にかけてのダイビング。真っ暗な海では動くものは何一つなく、月の光が織り成す綾がゆらゆら揺れる中を潜る。息もとまるような美しさだった。つんちゃんはライセンスもないのになんと１１メートルも潜った。私は小心者ゆえ、ちゃぷちゃぷシュノーケリングで我慢したが、それでもグラン･ブルーの世界の一端を覗いたような気分。<br />
<br />
さあ、この男。それからがすごかった。私は小説現代に掲載する新作の推敲が追いかけてきていたので、いったんホテルへ戻って原稿と格闘。キャンディとつんちゃんは別の浜へ晩御飯の魚を調達にでかけて、結局何も戦利品はなくして帰ってくる。しかし、つんちゃんは「ウミガメを見た！」と大喜び。彼女はギリシャリクガメの「まるちー」を飼っている大のカメ好き。忘れられない夜になった様子。<br />
それから３人でしばし酒盛りをした後、急に睡魔に襲われ「先に寝るわ・・・」とベッドにもぐりこむ。しばらくしてつんちゃんも寝た様子。どうやらキャンディも帰ったかとそのままぐっすり。<br />
明け方にふと目覚めて、テラスの向こうに広がる朝焼けの海に「うわあー」と心奪われる。<br />
やっぱり沖縄ってすばらしい。来てよかった・・・・<br />
一人テラスに佇みムードに浸っていたが、振り向いたその瞬間。私が見たのは、ベッドの隣の座敷に大の字になって横たわるのおっさん。<br />
そう、キャンディが寝ていた。勝手に泊まっていた。しかもマッパで。隠しもせずに。<br />
つい１８時間前くらいに知り合った男が、マッパでそばに寝ているというシチュエーションは、実に人生初。ゆえに私は度肝を抜かれた。<br />
さらに驚いたのは、ドアあけっぱだったこと。ドアの手前には、サイフ丸出しの私のバスケットが「持ってってください」といわんばかりに置き去りにされている。ホテルの廊下から見ると、マッパのキャンデイも丸見え。すごい。すごいことだ、これは。<br />
私はおっかなびっくり、マッパのキャンディの横を通り抜けて、かろうじてバスケットを取ってドアを閉めた。キャンディはまったく起きる気配なし。たまげた度胸である。<br />
複雑な気分で再び眠りにつく。だってその場で起こして問いただすのもなんだし。<br />
７時頃起きると、まだマッパ。もう慣れてきた私は、そのまま横を通ってシャワーに行く。出てくると、キャンディはすでに着服してメールチェックしていた。<br />
「見た？」と聞かれたので「見たよ」と答える。キャンディは「まいったなあ」と苦笑しつつ、「まあ、沖縄の男はみんなマッパで寝るのさー」と開き直る。<br />
そのあと、ようやくつんちゃん起床。キャンディがすでにそこにいることに何の違和感もない様子（泊まったことも知らない）。ある意味、もっとも太っ腹だったのは、彼女かもしれない。あとになって「目が覚めたらキャンディ、マッパで寝ててさあ」と教えると、ようやく驚いていた。<br />
<br />
こんな具合で、沖縄に行くたびに面白い人に出会う。まだまだ通い甲斐がありそうだ。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2006-08-16T13:06:56+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=240147">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=240147</link>
    <title>船出しました、皆さんに見守られつつ。</title>
    <description>出版記念パーティーを開催して、早くも1ヶ月以上が経過した。
感激の嵐があまりにも激しかったので、その前後は一文字も書けませんでした（言い訳）。

そもそも、「日本ラブストーリー大賞」を受賞したその日から「んじゃ、出版記念パーティーは？！」と回りに詰め寄...</description>
<content:encoded><![CDATA[
出版記念パーティーを開催して、早くも1ヶ月以上が経過した。<br />
感激の嵐があまりにも激しかったので、その前後は一文字も書けませんでした（言い訳）。<br />
<br />
そもそも、「日本ラブストーリー大賞」を受賞したその日から「んじゃ、出版記念パーティーは？！」と回りに詰め寄られ、すっかりその気になったのがきっかけ。準備期間二ヶ月、友人同志一同によって華々しく神輿が担ぎ上げられた。<br />
<br />
4月吉日、場所は都内の美術館内のテラスレストラン。ぽかっぽかの太陽に包まれてパーティーが始まった。スタッフ約20名、招待客は約130名。この方々は、生涯を通して何があっても駆けつけてくれるだろう私の大切な大切な友人たち。一人一人のお祝いの言葉と笑顔のまぶしさを、この先一生忘れることはないだろう。<br />
<br />
<img src="images/party_3.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">photo by Maris Mezulis (c)</span><br />
<br />
今回、もっとも趣向を凝らしたのが朗読劇。「カフーを待ちわびて」のなかからいくつかの場面を、三人の役者さんに朗読していただいた。明青役に劇団壱組印の俳優・草野徹さん、幸役にモデルで女優の田中伸子さん、そして朗読とおばあ役に演出家・俳優の大谷亮介さん。大谷さんは兄の古くからの友人で、私にとっても知己である。兄が脚本を書いた「分からない国」の演出で紀伊国屋演劇賞も受賞されたほんとうに素晴らしい演出家。頭のなかは芝居のことしかない、寝ても醒めても芝居、芝居の人である。草野さんは大谷さんとともに演劇や声優をこなすイケメン俳優（実は山田まりやさんの彼氏であることがパーティーの後発覚、ちょっとした騒ぎに！）、田中さんはファッションモデルもこなすすらりと長身の美女だ。<br />
<br />
多忙の三人の時間がなかなか合わず、稽古が思うように進まなかった。本番の前日、沖縄・伊是名から実在カフーの飼い主・名嘉民雄さんが駆けつけてくださり、方言指導をしてくださった（「カフー」のなかで使われている方言も、実は名嘉さんが最終原稿で赤字を入れてくださった！）。草野さんの明青は名嘉さんの指導を得て、みるみるシマンチュっぽくなった。もっとも、青森出身の草野さんのウチナーグチはなんとなく津軽なまりっぽかったが・・・・<br />
肝心の演出の大谷さんが、京都ロケに行っていて結局当日の朝一でようやく帰ってきた。会場に入って準備はわずか2時間しかない。大谷さんと草野さんと田中さん、それに名嘉さんがテラスのテーブルに陣取って、もう後のない稽古を始めた。リズム、間合い、感情移入。大谷さんのスピーディーな演出と、それに呼応する役者さんふたり。あっというまに形になっていく。ものすごいプロの現場を見た気がした。<br />
<br />
さて、本番。なごやかに来客が到着した後、会場に流れていた波の音が一層高まって、草野さん扮する明青の声が明らかに響く。｢カフー、行くぞ！｣Ｔシャツに短パン、ビーチサンダル姿の明青が飛び出してきた。またたくまに、ステージの上は与那喜島の浜辺になった。白いワンピースのミステリアスな幸はほんとうに美しく、大谷さんの朗読は朗々とこだました。いつのまにか、私は我を忘れて見入ってしまった。本物の明青と幸、おばあがそこに息づいているような気分になった。<br />
<br />
朗読劇もさることながら、主賓の方々の心温まるスピーチ、島バンド「寿」のライブとカチャーシーも素晴らしかった。そして何より感動的だったのは、このパーティーを盛り上げようと支えてくれたスタッフの一糸乱れぬ連帯。前日まではトラブル続きで、「ほんとうにうまくいくんだろうか・・・・」と不安がかすめた瞬間もあった。けれど当日、現場で彼らはもてる力を見事に発揮してくれた。帰り際に、幾人もの方々から「スタッフの皆さんが素晴らしいですね。キビキビしていて気持ちいい」とお褒めいただいた。どんなに嬉しかったことだろう。心の中で、うれし泣きに泣いた。小説が出版されたことは何より嬉しい。けれど、それ以上に嬉しかったのは、こんなにも素晴らしい仲間たちに恵まれたことだった。<br />
<br />
<img src="images/party_2.jpg" width="300" height="200" alt="" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">photo by Maris Mezulis (c)</span><br />
<br />
ようやくかなった作家としての船出。長い航海になりそうだ。でも、この先友人たち一人一人が太陽に灯台に羅針盤になって、私を導いてくれるに違いない。もっと、もっと遠くへ。<br />
<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2006-05-22T14:53:53+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=215053">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=215053</link>
    <title>西安で結婚式。</title>
    <description>西安に行ってきた。中国人の友人、郭嘉くんの結婚式に出席するためだ。
郭くんは千葉大大学院で都市計画を勉強した秀才、日本語堪能な上にイケメンというできすぎな男。二年前、私の仲間である建築家の馬場正尊さんと北京の商業施設の仕事をしたときに通訳を手伝ってくれ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
西安に行ってきた。中国人の友人、郭嘉くんの結婚式に出席するためだ。<br />
郭くんは千葉大大学院で都市計画を勉強した秀才、日本語堪能な上にイケメンというできすぎな男。二年前、私の仲間である建築家の馬場正尊さんと北京の商業施設の仕事をしたときに通訳を手伝ってくれたのが縁で、ずっといい関係が続いている。上海で就職を決めて、その上仕事で知り合った女の子まで射止めてしまった。あまりにも果報者です。<br />
<br />
西安には、今年の一月郭くんが両親に未来の妻を紹介するために里帰りしたとき、図々しくくっついて行ったので今回が二回目。中国式の結婚式というのに興味津々。<br />
西安は美しい街。なんせシルクロードの起点ですから。街の中心部に今も古い城壁が残る。その城壁から放心状に都市が広がっている。冬に行ったときはわからなかったげど、今回は街路樹が芽吹いて緑が豊かに風に揺れていた。いつまでも明るくてそぞろ歩きにぴったりの雰囲気。<br />
そんな西安の五ツ星ホテルで華々しく郭くんの結婚式が行われた。入り口には映画俳優のようなポーズの新婚の二人のバナーが同堂々と掲げられている。うひゃー。<br />
<br />
<img src="images/seian_couple2.jpg" width="300" height="225" alt="" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">(映画俳優顔負けの演出・・・)</span><br />
<br />
中国に敬意を表して、大輪のぼたんの花がデザインしてあるヴィヴィアン・タムのワンピースに赤いショールで出かけてみてびっくり。招待客はみんなジーンズやＴシャツ。あらら、ご両家のお父さん方もノーネクタイ。とにかくカジュアルだ。私のドレスに匹敵するのは、花嫁だけ･････というありさま。浮きまくりました。<br />
<br />
プロの司会者がジョークを連発する中、式は進行。しかし、何を言ってるのかさっぱりわかりません。会場がどっと沸くたび、「あー、中国語勉強しなくちゃあ･････」とひとりうなだれる。テーブルにはものすごい量の中華料理が次々と。みんなすごい勢いで飲んで食べて、ワイワイがやがや。とても楽しそうだ。日本の披露宴のような堅苦しさはかけらもない。郭くんに呼ばれて、壇上で挨拶した。「この披露宴のためだけに、はるばる東京からやってきました！」と訴えるとやんやの喝采。中国人はほんとにすごくフレンドリー。損得抜きで、友人のために駆けつけたーという私の実行力に感動してくれた。感激した人々から「政府同士が仲が悪くても、私たちは永遠に友達です」とまで言われた。まさに『単騎千里を走る』を地でいく感じだ。<br />
<br />
私はこの国の人々が大好きだ。大胆で、感情豊かで、友人に誠実で、賢い。政冷経熱、なんていうけれど、ほんとは私たちはもっとお互いのことを知って、友情を育んでいきたいと感じているはずだ。私たちは同じように長い歴史と伝統を持ち、影響しあっている。私はいつも中国に対して尊敬の念を持って接している。偉大な国、偉大な人々が生きる国だ。<br />
そんな国に、多くの友人がいることを誇りに思う。<br />
<br />
披露宴の最後、もっとも驚いたのは、新郎新婦が壇上から降りておもむろに食事を始めると、クモの子を散らすようにみんな帰ってしまったこと。お見送りとかややこしいこともなく、みんな「これから仕事に戻る」（平日の昼間だった！）とさっさと帰っていった。この辺のアバウトさというか、さばさば感がなんとも言えず面白かった。<br />
私は最後まで残って、新郎の郭くんに、宴の間に何が起こっていたのかようやく聞くことができた。<br />
<br />
<img src="images/seian_siro.jpg" width="300" height="225" alt="" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">(美しい西安の城壁)</span><br />
<br />
また来たいな、西安。一気に100人の友人もできたことだし。<br />
<br />
<span style="font-size:x-small;"></span><strong></strong>
]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2006-05-19T18:18:01+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=148485">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=148485</link>
    <title>ただいま、沖縄。（その３:伊是名編）</title>
    <description>マハ裸々日記　06/04/28

ただいま、沖縄。（その３:伊是名編）

今回の沖縄ツアー。実は自分だけの隠れテーマがあった。
それは、「カフーを待ちわびて」の主人公・明青と幸を島に帰してあげること。
思えば04年11月、伊是名島の浜辺で、実在犬・カフーに出会った...</description>
<content:encoded><![CDATA[
マハ裸々日記　06/04/28<br />
<br />
ただいま、沖縄。（その３:伊是名編）<br />
<br />
今回の沖縄ツアー。実は自分だけの隠れテーマがあった。<br />
それは、「カフーを待ちわびて」の主人公・明青と幸を島に帰してあげること。<br />
思えば04年11月、伊是名島の浜辺で、実在犬・カフーに出会ったとき、私は明青と幸にも同時に出会った。伊是名の人々に取材をしながら、私の隣には明青が座っていたし、歩く道の先々に、白いワンピース姿の幸が佇んでいた。<br />
そんな幻想をみながら、一気に小説の構想が固まったのだ。<br />
<br />
小説の中に出てくる島の言い伝え「島のものは、どんなものでも持ち出してはいけない」というのは、沖縄出身のある方に聞いた本当の言い伝え。島の自然とそこに宿る神々を大切にする、沖縄らしい言い伝えなのだ。当初、そうとは知らずに、私は伊是名の浜辺で美しい貝殻を拾って持ち帰ってしまった。小説を書き始めてからその言い伝えに行き当たり、なんだかずっと気になっていた。貝殻は私の部屋の机の前に、創作をしているあいだじゅう飾ってあった。小説が完成したらこの貝殻を返しに行こう、と心に決めていた。<br />
<br />
私は貝殻をポケットに入れて、懐かしい伊是名の浜辺へ帰ってきた。明青と幸とともに。<br />
<br />
実は困ったことが起きてしまっていた。<br />
小説が大賞をいただいてから出版するまで、そして出版してからもなおのこと、私は自分で生み出した明青と幸の幻影にずっととらわれ続け、人知れず苦しい思いをしていた。最初に認められた小説の主人公だから、なんだか可愛くてしょうがなく、なかなか離れられずにいたのだ。子離れできない親の気分とでも言おうか（前は新婚のダンナに例えてましたが）。このままじゃ、次の執筆に移行できない。そこで、伊是名まで行って彼らを帰してやろうと思い立ったのだ。<br />
<br />
伊是名に到着すると、明青の家のモデルにもなった赤い瓦屋根の民宿「ときわ」に行った。宿の主人の美代おばあは相変わらず元気そうで（作中のおばあは彼女がモデルになっている）、あったかい笑顔で迎えてくれた。それから早速、カフーの飼い主・名嘉民雄さんに会いに行った。カフーには2匹の仔犬が生まれていた。ほんとにカワイイ！！カフーは母の貫禄。お乳も垂れて（････）ややお疲れ気味ながら、浜辺へ散歩に連れて行くと、ものすごい勢いで海に珊瑚を追いかけて飛び込んでいった。<br />
<br />
なにもかも、あの頃のままだ。時が止まったように。<br />
海は、少し曇っていた。でも、あたたかに私を迎え入れてくれた。<br />
カフーが水しぶきをあげて走り回る。波打ち際に、そっと貝殻を返した。<br />
物語が、やっと完結した。<br />
そんな気分で、どこまでも波打ち際をカフーと一緒に歩いていった。<br />
<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2006-04-28T17:35:37+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://blog.haradamaha.com/?eid=127525">
    <link>http://blog.haradamaha.com/?eid=127525</link>
    <title>ただいま、沖縄。（その２：やんばる編）</title>
    <description>那覇を出て、国道58号線を一路やんばる地方へと向かう。
沖縄の人はこの58号線を「ゴッパチ」と呼ぶそうだ。ゴッパチは名護を過ぎた辺りから海沿いのいい風景になる。窓を全開にして、潮風を車内に呼び込む。いやあ、気持ちいい。
途中、ブルーシールアイスクリームや沖...</description>
<content:encoded><![CDATA[
那覇を出て、国道58号線を一路やんばる地方へと向かう。<br />
沖縄の人はこの58号線を「ゴッパチ」と呼ぶそうだ。ゴッパチは名護を過ぎた辺りから海沿いのいい風景になる。窓を全開にして、潮風を車内に呼び込む。いやあ、気持ちいい。<br />
途中、ブルーシールアイスクリームや沖縄そばの看板にひっかかって、道草を食う。時速は40ｋｍ。アポイントのない、気ままな一人旅。いいもんです。<br />
<br />
「カフーを待ちわびて」には、沖縄の方言や文化を随所に取り入れてある。だから、私は沖縄のヘビーリピーターだと思われてしまったようだ。実は今回の旅が4回目。20年前、台風のさなかに一度（ホテルからほぼ1歩も出られず）、3年前に慶良間諸島へ一度、2年前に取材で一度、そして今回。取材から戻って今回本を携えて帰ってくるまで、沖縄にくることはなかった。だからいまだに何をみても新鮮に感じる。<br />
<br />
国道58号線は鹿児島を起点として、海を渡って沖縄までつながっている。その沖縄の58号線の起点、奥というところに民宿「海山木（みやぎ）」がある。終点が那覇の泉橋だから、沖縄の58号線を端から端までドライブしたことになる。ほんとに奥まで来た、という感じの場所に、ぼつりとたたずむ一見あばら家風の宿。某雑誌に載っていたのをみつけ、2年前に訪れた。おかみさんに、離島に行こうと思う、と告げたら「伊是名がいいよ。赤い瓦屋根の民宿があるさ」と教えてくれたのがきっかけで、カフーの島に渡ることになったのだ。<br />
<br />
海山木は、目の前に海、後ろに山、そして庭には南国の木々が広がる名前どおりの素朴な宿だ。庭に続く広い縁側に腰掛ければ、懐かしい親戚の家に帰ってきたような錯覚にとらわれる。夕食は囲炉裏の土間で、朝食は朝日の降り注ぐ庭で、沖縄の食材をふんだんに使った料理が並ぶ。夜にはご近所（といっても車で40分くらい！）の男衆が集まって、島唄大会になったりもする。一度来た人はまた必ず訪れるらしいが、どうやら私もその一人になってしまったようだ。<br />
<br />
<img src="images/yamaguchi_sis.jpg" width="320" height="240" alt="山口姉妹と。ジャングルです。" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">(山口姉妹と。ジャングルです。)</span><br />
<br />
パンツ一丁のこの上ないラフなスタイルで迎えてくれたご主人。底抜けに面白いトーク炸裂の、やんばる名物男だ。「今日は女性ばっかり三人お客さんよ。はりきって料理作ったさ」と野菜のパスタや亀の手（天然記念物？！）入りの味噌汁を次々出してくる。同宿人は東京からやってきた山口さん姉妹。二人とも私がよく知っている会社に勤めた経験を持っていて、「なぜ東京でなくてやんばるで会ったんだろう？！」とびっくり。こういう出会いも旅の醍醐味である。渋谷のスタバで隣同士だったら見向きもしないであろう人たちと、こうして囲炉裏を囲んで話ができるのだ。<br />
ご主人にお願いして、二年前に島唄を聴かせてくれた仲間たちを呼んでいただいた。このとき参加していた追い込み漁師のカツオさん（ほんと、いい名前です）にお礼を言いたかったのだ。伊是名に行くと言うと「じゃあ、トシっていうひとを訪ねなよ」とその場からダイビングショップを経営している伊礼政利さんに電話をしてくれた。これがまた「カフー」誕生につながることになったのだ。カツオさんは漁師をしているせいか、ムキムキの筋肉で、茶色のちょいロンゲ、そして黒いピタＴに真っ赤なハイビスカスの刺繍がま、まぶしい！無口で控えめな妙齢の女性を連れてきた。あとでこっそり、宿の主人が「カツオさんの5番目の奥さん」と教えてくれた。なんとバツヨン！54歳にして、昨年バツイチの兵庫出身の30代の奥さんをもらったという。沖縄男、ほんとに底知れぬパワーだ。主人いわく、「沖縄の男はね、もてるとかじゃなくってね、女の人に一生懸命になっちゃうのよ。ただそれだけ」。そうともしらずに「カフー」を書いたのだが、明青もそういう男だ。いつのまにか沖縄男の本性を嗅ぎつけていたのか。恐るべし私。<br />
カツオさんたちは「カフー」の出版を喜んで、お祝いの時に歌う唄「カフー節」を歌ってくれた。庭ではヤンバルクイナの甲高い鳴き声がする。「さっき、うちまで来てくれるように電話しといたのさ」とご主人。自分は携帯も持ってない、と豪語してたくせに。<br />
<br />
<img src="images/kafubushi.jpg" width="320" height="240" alt="カフー節熱唱。右がカツオさん。" class="pict" /><br />
<span style="font-size:x-small;">(カフー節熱唱。右がカツオさん。)</span><br />
<br />
後日、山口さんからメールが届く。飛行場で「カフー」を買い求め、帰りの飛行機で一気読みしたとのこと。「沖縄の風景や空気を思い出しながら読みました」との感想に嬉しくなる。<br />
またいつか海山木に帰ろう。みんなで月見をしながら、また歌ったり躍ったりするんだ。カツオさん、また別の奥さんを連れて来ないことを切にお祈りします。<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2006-04-21T02:43:46+09:00</dc:date>
    <dc:creator>Maha</dc:creator>
    <dc:rights>Maha</dc:rights>
  </item>

</rdf:RDF>