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ピカソの隣人 ルソー展を観にいく

(ライン川にかかる古い橋)

バーゼル訪問の最大の理由。それは、バイエラー財団の美術館で開催中のアンリ・ルソー展を見ることだった。

日本にもファンの多い画家・ルソーは、「素朴派」とか「日曜画家」とか「元祖ヘタうま」とか言われているが、調べてみると謎の多い画家だ。
私は十代の頃からどうもルソーの絵に奇妙に魅かれて、「いつかルソーについて何か書こう」と、物書きになるつもりもなんにもない頃から考えていた。作文とかマンガとか論文とか、なんでもいいからルソーをテーマにした何かを書こう、と。
四半世紀もそんなことを考え続け、念願かなって小説を書くことになった。なんであれ、あきらめずにしつこく考え続けていると形になるものなんだ、と悟る。

小説の中にはいくつかの舞台が登場する。倉敷、ニューヨーク、パリ、そしてバーゼル。「007」か「ミッション・インポシブル」かというレベルの(嘘)、世界を股にかけたアート冒険譚になる予定だ。
バーゼルを舞台のひとつに選んだのは、歴史的なアートシティであること、そして、私がひそかに敬愛していた伝説のコレクターでギャラリストの存在があったからだ。
その人の名は、エルンスト・バイエラー。バーゼルアートフェアの仕掛け人で、小都市バーゼルを国際的なアートマーケットの中心地にのし上げた立役者だ。大変な彗眼の持ち主で、すばらしいコレクションを形成し、それをもとに「バイエラー財団」を設立、美術館をオープンした。建築家レンゾ・ピアノ設計によるこの美術館はバーゼル郊外にあり、美しい山々を背景にした自然に溶け込むかのような流麗な建築でも知られる。
それにもましてすばらしいのはコレクション。バイエラー氏が生涯をかけて集め続けた数百点の名画の数々は嘆息もの。個人の情熱と感性が形成した名コレクションは、まさにバーゼルの至宝である。
このアート界の巨星のごとき人に、私は何度か会い、親しく会話をしたことがある。ちっともかたくるしいところのない、アートが好きで好きでたまらない、という感じの人だった。彼に強く魅かれた私は、彼をモデルにしたコレクターを重要人物として小説の中に登場させたい、とひそかに目論んでいたわけだ。

パリでの長期滞在は、ルソーの足跡をたどるためでもあったが、実はパリの美術館にあるルソー作品はほとんどが留守。ここバーゼルの美術館に集結していたのだった。
展覧会を企画したキュレーターのフィリッペに、懇切丁寧に展示を案内してもらう。
展覧会は完成度の高い、集中力のある、すばらしいものだった。専門家の説明を聞きながら、というのもすばらしかったが、何より個性の塊のようなルソー作品を実に効果的に展示している。パリの美術館で見るルソーとは、一味違うものがあった。

そしてフィリッペから衝撃的な話を聞く。
実は、バイエラー氏が2週間前に88歳で亡くなったとのこと。このルソー展のオープニングが、彼が人々の前に姿を現した最後の瞬間だった、ということだった。

ちょうど100年まえ、ルソーが天に召された。その100年後にバイエラー氏が亡くなったとは。
バイエラー氏がもっとも愛したという、ルソーの熱帯風景の作品の前で、しばし偉大なるコレクターの死を悼む。
ルソーの小説を今年書く、という私の決意は、何か運命的に導かれているような気がする。


(雪の積もった美術館の庭)
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