みたび沖縄、運命のシュークリーム。
二年ぶり、また行ってきました沖縄。
二年前と同じく、中学校時代の友人つんちゃんとともに。
今回の旅の大きな目的は「カフーを待ちわびて」の映画撮影ロケ現場を訪問すること。「ロケ見舞い」というんだそうな。出版から2年、とうとうこの日がきた!とワクワク、テンションもMAXに。

なにしろ主人公の明青役が、あの玉山鉄二さん。まったく予想もしなかった超イケメンのバッテキに、心も躍るってもんです。
ロケ地は沖縄本島の某所。そこへ行く前に、私が“リアルカフー”と運命の出会いを果たした伊是名島へ出かけてみた。そう、以前ブログにも書いたけれど、つんちゃんとともに2年前も行こうとするも台風到来で挫折。その結果、「沖縄ネイキッド・ガイ」に遭遇するという憂き目(?)に遭った。今回は見事快晴、ついに上陸かないました。
まあ、なんにもない島だ。実はもうカフーもいない(本島のとある家にもらわれていったそうだ)。カフーの飼い主さんだった名嘉さんもいない(いまは東京で働いておられる)。事実は小説より奇なり。二年のあいだに、静かな島はいっそう静かになった感じだ。

しかし。

伊是名には超ど級の名所がある。その名も「菓子の島 神山」。
なにかっていうと、パン&ケーキ屋さんなんです。もちろん島で唯一。しかもこれが、ハンパなく美味い。
「カフー」出版後に一度訪問したとき、伊是名村役場の観光担当だった神山利和さんが連れていってくれたのがそもそものご縁。「おいしいケーキ屋さんがあるからさ〜」と連れていかれたところが、自分の家だった。でもって、奥さんがケーキ職人さんだった。そしてすごい美人だった。話ができすぎだった。
強引かつスムーズな導入で、私はたちまち「神山」のファンになってしまった。
神山さんと奥さんは東京の製菓学校で出会って結婚したそうだ。そんなわけで、神山さん自身も和菓子づくりのプロ。ついでにおじいちゃんもウチナー菓子職人。すごい。こんな小さな島の一軒の家にスイーツの三大巨匠がひしめいているとは。沖縄の密度の濃さにあらためて驚く。
奥さんの作るケーキは真剣にウマい。絶対に代官山のアレとかミッドタウンのコレとか六本木ヒルズのソレとかよりウマい。「女・椎名誠」の異名を持つ(by自分)私が、こうして公の場(サイト)で言い切るんだから、そうとうウマいと信じていただいていい。特にシュークリーム。もう、激激激ウマ。これを一度食べたら、駅前でクリームのにおいを流して客寄せしている某チェーン店のモノなんてまじで食べられなくなる。
離島でシュークリームという組み合わせも絶妙なシュール感。さーたーあんだぎーなんて食べてる場合じゃない。ほんと、このシュークリームのためわざわざ伊是名島に行ってもいいと思う。そのくらい魅力的な一品である。
その奥さんに、「明日、玉山鉄二さんに会いにいくんですよ」と告げた瞬間、色白のチャーミングな顔が豹変した。
「えええっっっっ?! ほんとにほんとに???!!! いやーん私大好きなんですう〜!!エー信じられなあ〜いっ!!!!」
目の前に玉山さんがいたら間違いなく飛びついていただろう。その豹変ぶりにたじろぎながらも、私ははたとひらめいた。
この絶品のシュークリームは、1個たったの110円ポッキリ(税込)である。
撮影スタッフは70名と聞いている。「全員に差し入れは無理だろうから気にしなくていいよ」と、映画の企画者K社長からは言われていた。「でも玉山君は甘いものが好きだよ。和菓子以外の・・・・」とさりげなく囁かれもした。「でもでも、玉山君だけに何か持ってくわけにはいかないしねえ〜」と締めくくられた。いったいどうすりゃいいんですか、私は?! と悶絶した結果、その時点で何も差し入れの品を思いついていなかったのだ。
110円X70個=7700円。
こ、これは・・・・・・イケてないか?!
「奥さんあの〜、もしかして明日の朝9時までにシュークリーム70個なんて、作れたりしますかね・・・・・・。その、玉山鉄二さんに差し入れとか、いいかな〜なんて・・・・・・」
奥さんの目つきがすばやく変わった。勝負師の目だ。
「ええっ!! もちろんやりますっ、やらせてもらいます!!できますよ、ええできます!!」
答えるやいなや、奥さんはキッチンに飛び込んで即仕込みを始めた。もうなんにも聞こえないって感じだ。すごい集中力。やはりイケメンの力は偉大だ・・・・・・
翌朝。9時のフェリーに、私は特大のクーラーボックスを担いで乗り込んだ。
「ほんとに作ってくれちゃったね〜」とつんちゃん。
「これが女優さんに差し入れするとかだったら、気合が違ったかも・・・」と私。
かくして、シュークリームは海を渡り、ロケ現場に届けられた。
「いただきまあ〜す!!」と元気よくスタッフのみなさんが、おいしそうに頬張っていた。撮影最終日で演技に集中していた玉山さんが、どの時点で食べたかはわからない。でも、きっと食べてくれたと思う。

沢山の人が関わり、沖縄の人々に見守られて、沖縄での撮影は無事終了したと聞いた。公開は来年。そのときには、また伊是名に行こうかな。今度はなんの用事がなくてもいい、ただ「菓子の島 神山」のシュークリームを食べに。
| - | 03:29 | - | -
ケータイ小説のこと。
いやあ、おもしろかった。
去年9月?11月、ケータイサイトで連載していた小説が完結したときの感想は、そのひと言に尽きる。
「ランウェイ☆ビート」というタイトルのこの青春小説(って書くとかえって古くさい感じがしますが・・・)は、またもや小説の可能性を広げてくれたように思う。ケータイという新しいメディアがあってこそ生まれてきたこの物語。日本中の女子(ときには男子も)の熱い呼吸をリアルタイムで感じるような、新鮮な体験を私にもたらしてくれた。

なにがすごいってほんとにリアルタイムなこと。物語は毎晩1話ずつ、午前0時に更新されるのだが、それを読者の方々が待っていてアクセスが殺到したという。当然通勤通学の途中に読むんだろうなあ、なんて想像していたんだけれど、多くの読者は真夜中、ふとんの中にもぐりこんで、小さくて真っ暗な空間の中にケータイを開ける。そこで繰り広げられるドラマを、まるで自分のことのように、笑ったり泣いたりムカついたりして楽しんでいた・・・・・・らしい(ケータイのすごいところはこういうシチュエーションもアンケートによって明らかになってくることだ)。
私の少女時代は、それはマンガだったり文庫本だったりした。ベッドサイドの明かりに本をくっつけるようにして読んだ。一日のうちでもっとも豊かな、自分の時間。いまも昔も、女の子にとってその価値は変わらないようだ。

書き始めるまえに、実際ケータイで小説を読んでみて(いわゆるケータイ小説と呼ばれているものから、芥川賞作家の書いたものまで)、やはり抵抗感があった。光る小さな画面は身体的・物理的に読みにくいし、内容は平坦で臨場感がないと感じてしまう。いったいこの小さなモンスターのような機器に、いかにして生き生きと命を吹き込むことができるんだろうか。
悶々と悩んだ結果、できるかぎり短いフレーズで、マンガのコマ的に物語を運ぶ、という(私にとっては)大技に思いいたった。それはそれでチャレンジングだったが、もっとすごかったのが、このプロジェクトを支え運営してくださったみなさんのチームワーク。これがなかったら、本作は誕生しなかった。
「普通じゃない。」のプロジェクトのときもそうだったけれど、チームワークで物語を作るというのはかなり楽しい。学ぶこともたくさんある。元来、小説の創作というのは限りなく孤独な作業だと思う。孤独と徹底して向き合うことも大切なことだが、ときとして、チームで動かすプロジェクトに参加させていただくと、なにか社会にしっかりと根を張っているような明るい気持ちになる(いままでアートの仕事でチームワークばかりやってきたから、なおさら強くそう感じる・・・・・・)。
ケータイに連載中、私がパソコンで書いた原稿に絶妙な行間を入れてくださる編集チームの存在があった。この「行間」が「間(ま)」をつくり、動画を見ているような錯覚に陥ることもしばしばあった(泣けるシーンなどでは、1文字ごとに2行空ける、などという普通の小説では考えられない離れ業を披露してくれた)。私は彼女たちを「行間省&行間大臣」と呼んでいた。また、各話のタイトルをつけてくれたのも彼女たちである。「告白」「ゆかた選び」「好き。」などなど、単純明快でバックナンバーを探しやすいタイトルをつけるセンスは、まとまってみると「なるほど」とうならされる(これを私がやるとサービス精神ゆえ「ちょっとだけ告白」「ゆかた選びもご一緒に」「やっぱり好き。って言いたいよ」とやたら長いタイトルになったはずだ)。
連載していたサイトは「デコとも」という人気サイトだったが、サイトの特性を活かして各話ごとにドラマの場面さながらの背景を作ってつけてくれたのも臨場感がアップした。編集、デザインに関わられた方々は、さぞや想像をたくましくして場面を思い描いてくださったことだろう。書籍化が決まったあとも、チームメンバーのすさまじい努力ぶりにはまったく頭が下がった。ほんとうにありがとうございました!!
それにしても、ケータイに配信したら消えてしまう運命だった物語を、「形に残る」本として多くの読者にお届けできるのはほんとうに嬉しい。
ネットやケータイの時代になっても、やはり少女たちには夜、寝る前にこっそりと本を開いて欲しい。それが未来の美女を作るための、何よりのサプリメントじゃないかと思う。
| - | 16:33 | - | -
普通じゃない連載。
9月14日に三冊目の単行本「普通じゃない。Extraordinary.」が発売された。
あらゆる意味で感無量。なにしろこの本が出版されるまでに、ほんとうにいろいろと「普通じゃない」ことばかりの連続だったわけで。

まず、この小説が書かれるようになった経緯。
ちょうど一年前の夏の終わり、私は本作の出版元となった角川書店の方々とお目にかかった。もともと前年に共著「ソウルジョブ」を同社から出版していたこともあり、すでにやりとりはあったのだが、文芸誌「野生時代」の編集長(当時)、堀内さんとお目にかかるのは初めてだった。
その前日、旅仲間の御八屋千鈴との知床ツアー(本ブログ:道東 in Deep 参照)から帰ってきたばかりだった私は、さっそく話題のツカミに「いや?日本のさいはてから昨日帰ってきたばかりです」と知床ネタを炸裂させようともくろんだ。すると堀内さんが「え?僕もですよ」とおっしゃる。「ほんとに?どの辺ですか」と聞くと、ほぼ同じところを、似たような時間帯で回っていたと判明。「え?じゃあもしや知床遊覧船で隣同士だったかもしれませんねえ・・・・・・なんか運命的なものを感じるなあ・・・・・・」と、年齢とシチュエーションを語らなければラブストーリーの始まりと誤解されそうな会話をしていきなり盛り上がった。なんだか普通じゃないことが起きそうな予感・・・・・・

その一ヵ月後、堀内さんから連絡が入る。「ミクシィって知ってますか?」と言われ、マイミクへのお誘いかと思いきや「ミクシィで連載小説をしかけないかって話があるんですが」と言う。正直、驚いた。「ミクシィ」と言えば会員数1千万人を超え、その年に上場を果たしたいまをときめくSNS(ソーシャル・ネットワークング・システム)。そこで連載ってどーいうこと??

ご存知ない方のためにここで説明をしておく。
SNSというのはインターネット上のネットワークサイトで、会員の紹介を得て誰でも参加でき、自分のホームページを作ってプロフィールや日記(ブログ)を公開する。もちろん他者のHPも閲覧できる。「マイミクになろう」といって、HPをお互いに閲覧できる仲間に誘い合うこともできる。「コミュニティ」と呼ばれるサークルのようなものを自分で作って仲間を募ることもできるし、好きなコミュニティを探して参加することもできる。映画や書籍の「レビュー」もあるので、私は自作のレビューを毎日訪れ、感想をマメにチェックして活用している。これに参加することで昔の仲間と再会した、なんてエピソードはよく耳にする。まあ、一言で言うとネット上の巨大サークルと言えばいいんでしょうか。

その「ミクシィ」で小説を書く。それ自体、普通じゃない気がした。ちなみに私に声をかけてくださった理由を堀内さんにうかがうと「なんだか原田さんは普通じゃないものを持っている気がして・・・・・・」と言ってくださった。わたしは常々ノーテンキな人間なので、この「普通じゃないもの」というのを大変な誉め言葉であると受け止めた。いまだにご本人に真意は確認しておりませんが・・・・・・
ちなみに、ミクシィとのあいだをつないでいた代理店(アイメディアドライブ)から「野性時代」に企画を持ち込まれた時点で、堀内さんはミクシィの会員ではなかった。それなのに、「これはおもしろそうだ」と編集人としてのカンが働いたようだった。私はミクシィ会員になってすでに2年目だったので、これがどんなにポテンシャルの高い企画であるか、瞬時に理解できた。

そんなわけで、「プロジェクト:普通じゃない」が始動した。原稿を書き始めたのが今年1月。連載が始まったのは3月。終了したのが5月で、出版されたのが9月という流れだった。一言でいうとあっさりしたものである。が、実態は。

んもおおおう、普通じゃない。の一言。

まずタイトル。「普通じゃない。Extraordinary.」というタイトルは、私が最初にすぐに思いついたものだったが、実はこれがなかなか通らない。キャメロン・ディアスの同名の映画もあるし、なんかもっとミクシィっぽいのもあるんじゃないか、と、私、編集部、代理店、ミクシィの四者で大議論になった。プレスリリースのぎりぎりまで論議したが、結局このタイトルに落ち着いた。私としては、もともと「普通じゃないトンデモ社長と、それにふりまわされる社員たち」という構造から物語をふくらませていたので、タイトルを譲れない気持ちがあった。しかし全員で議論をするということ自体はとても意義があった。それだけ全員が真剣に取り組んでくれている証拠なのだ。最後には全員、作者の意図を最重要視してくれたことも嬉しかった。

それから本編の創作。なにしろこっちもまとまった連載というのは初めてだったので、各回のボリューム調整、入稿のタイミングなど物理的な制約にまず苦しんだ。そして、連載時は登場人物にスポンサーがつく、という前代未聞の仕掛けがあった。つまり、「矢車草輔にはトヨタのヴィッツ」「花房藤花にはSK-II」という具合。作中にさりげな?く商品名がでてきたりもする。このさじ加減が大変だった。やりすぎるともろ宣伝になってしまうし、全然出さないわけにはいかない。ぎりぎり、いい感じの露出にするのには相当腐心した。おかげさまでスポンサー各社には好評だったとのこと。ほんと、よかったです。

そして最大の難関が、登場人物の日記。これこそがミクシィで連載することの真骨頂となったと思う。登場人物が本当のミクシィユーザーのごとく自分のHPを持ち、そのなかでプロフィールや日記を披露する。どんどんマイミクが増えて、主人公の御厨しいなは2千人を突破した。本作は「ミクドラ」と冠されて、ドラマ仕立てに登場人物を俳優やモデルさんが演じたシーンを小説に合わせてアップする、というのも特徴だったが、しいな役は池脇千鶴さんが演じてくださり、彼女のファンがHPにものすごく集まったんだと思う。
まあ、とにかく。登場人物11人の本編に連動した日記を合計260回、「私が」書いたわけです。
ほんと、池脇さんファンのみなさんごめんなさい。きっと「そーか千鶴ちゃん、忙しいのに週3でアップしてんだな?」と思っていた方もいたんではないでしょうか。すいません、全部私が書いてました。ちなみにその間、この「マハ裸々日記」は完全にストップしておりました。んもうブログと聞いただけで拒絶反応を示してしまうくらい、毎日多重人格で書き綴ったわけです。友だちには「24人のビリー・ミリガン」と言われる始末。

しかしここのところ、とんと社会から隔絶されていた私は、世のOLさんたちのホットな情報がよくわからない。ネットを見たり「東京ウォーカー」を見たりしても限界がある。そこで角川書店の担当編集の佐藤さんが「いまOLのブームはホットヨガですよ!」「ベジタリアンカフェに行ったとか?」「銀座ショッピングですよ?」など、ネタ提供に奔走してくださった。OLだけじゃない。76歳の江戸前じいさんからイケメン設計士まで(そして鉢植えの花までが日記を書くという異常事態・・・・・詳しくは本書をご覧ください)幅広くネタ提供してくださった。ほんとうに佐藤さんを始め、企画に関わってくださった方々の努力には頭が下がる。それを思えば260本の日記ぐらいなんてことない・・・・・・いや相当しびれましたが。
本企画に関わってくださった方々のお名前が、本書の最後に掲載されたのも実に嬉しかった。文字通りの「プロジェクト:普通じゃない」。この方々の尽力なくして、本作の誕生はありえなかった。ほんとうにお疲れ様でした。

そのほか、話せばまる一晩くらいかかってしまうであろうエピソードが山ほどある。

本書は、「プロジェクト:普通じゃない」という大プロジェクトを珍社長と若手社員がどう解決していくか、というビジネスアドベンチャーだ。とはいえ城山三郎作品とはまったくかけはなれたコメディータッチ。正直、私の前二作とはかなり趣が違う。前作「一分間だけ」でしんみりした分、明るく笑い飛ばしてもらいたい、という意図もある。なにより、「目立たず、つっかからず、できるだけ普通にいい子でいる」傾向があるという最近の若い社会人に、「普通じゃないこと」のおもしろさを伝えたかった。そんなメッセージを読み取っていただければ、と思う。

私はいつも、自作のタイトルに英語で副題を入れるようにしているのだが、今回は「extraordinary」とした。「普通じゃない」は「unusual」と英訳することもできる。でもわたしにとってはどうしても「extraordinary」なのだ。この言葉は、「最高にすばらしい」と訳すこともできる。
ニューヨークに住んでいたとき、友だちとホテルのエレベーターに乗った。彼女の腕には、愛犬のペキニーズが抱かれていた。たまたま乗り合わせた紳士が、犬と顔を合わせたとたん、「He’s extraordinary!」とつぶやいた。そのときの友人の嬉しそうな顔といったら。あれ以来、この言葉は最高の誉め言葉のひとつだと、私はずっと思っている。

| - | 23:30 | - | -
岡崎、偶然の必然。
4月9日、ようやく二冊目の書き下ろし小説「一分間だけ」が刊行された。待ちに待った二人目のわが子の誕生。初めての子供(カフーを待ちわびて)のときは驚きのほうが大きかったが、第二子は「よし!小さく産んで大きく育てるぞ!」と気合を入れてこの世に送り出した、ひとしお思い入れの強い作品です。
1年半前まで、私には娘同様に育てた愛犬がいた。その名をマチェック。ポーランド映画の名作「灰とダイヤモンド」の主人公から拝借した名前の、ほんとに気のいいゴールデンリトリーバーだった。我が家にやってきて11年と半年、私が作家デビューする直前に癌でこの世を去った。「一分間だけ」は主人公の女性・藍とゴールデンリトリーバー「リラ」の命の交流物語だが、リラが癌で闘病するくだりはまったく私の体験に基づいた実話。それはそれは壮絶な闘いだった。闘病したのは約3ヶ月だったが、この3ヶ月間で、私は人であれ犬であれ、生きていくことの意味や大切さを学んだのだった。いつかは尽きる命とはわかっていたけれど、マチェックを失くした喪失感は何を持っても埋められないほど大きなものだった。マチェックが逝ってしまった翌週、彼女とのいつもの散歩道をひとり歩みながら涙が止まらなかった。なぜだかわからないけれど、私はいつかこの体験を物語にしなくちゃならない、と思いついた瞬間だった。もちろんその時は作家になるという自分の運命を知っていたわけではない。でも大切なものを失ってしまった悲しみと、それによって気づかされたささやかだけれど大切なことを、どこかで誰かに伝えたい、と思った。
この本は、そんな個人的な体験に立脚した宝物のような本である。

マチェックの魂が導いてくれたのか、不思議な、そして忘れがたい出会いがこの本によって生まれた。
発刊前、宝島社の編集の井上さんと私は本作の表紙に関して悩んでいた。最初は犬のイラストでいこうと決めていたのだが、「絶対にこのアーティストがいい!」と私がラブコールした方が静物画専門であきらめざるを得ず、イメージの合う他のアーティストになかなか行き当たらなかったのだ。「写真にしましょう」と井上さんから勧められて探してみたが、犬を可愛く撮っても犬の命に迫る写真を撮る写真家にたどりつかない。そこでたまたま私がずっと昔に買って持っていたゴールデンの子犬のポストカードを引っ張り出して、「たとえばこんな感じの写真とか・・・・・・」と試しに言ってみた。それがなんと大ベストセラー「盲導犬クィールの一生」の写真家、秋元さんだとは気づきもせずに。
井上さんがポストカードの写真家にコンタクトしてくれ、会ってみて秋元さんと知り仰天した。その時点でほとんど運命的なものを感じてしまった。秋元さんはとても気さくな方で、快く撮り貯めていたゴールデンの写真を表紙に貸し出してくださった。たくさんあるストックの写真のどの犬も可愛かったが、その中でひときわ目を引いたのが、テーブルの下からシャイで寂しげな目をじっとこちらに向けている犬の写真だった。ほとんど直感で、私はその写真を表紙に貸していただくことに決めてしまった。
それがxx家の愛犬、ヴィヴィアン(通称ヴィヴィ)ちゃんだったのである。彼女の物憂げな、けれども一生懸命な目は亡きマチェックにそっくりだった。
そんなわけですばらしい表紙が完成した。内容が伴わなくても表紙で満足してくれる人もいるんじゃないかと思うくらいだった(それはちょっと困るけど・・・・・・)。テーブルの下から覗いているワンちゃんの目力はただものではない。いったいどんな生活をしている子なのか、どんなご家族が飼っているのか。どうしても会ってみたくなった。秋元さんにお尋ねしてみたところ、先方も「遊びにきてください」とおっしゃっているという。とんとん拍子で訪問が決まった。xx家は愛知県岡崎市在住であるという。飛ぶような気持ちで会いにいった。
はたしてヴィヴィちゃんはマチェックそっくりの、気のいいゴールデンだった。そして飼い主ご一家もほんとうに気さくであたたかなご家族だった。ヴィヴィを娘のごとく可愛がるご両親、ヴィヴィに妹のように親しむ20代の美人姉妹・・・・・・絵に描いたような幸せなご一家に育てられて、ヴィヴィは幸せな人(犬)生を送っていた。私が訪問した夜は大変に歓待してくださり、ヴィヴィを囲んで話が尽きない夜となった。お母さんはヴィヴィが表紙になって喜びのあまり「最初に買った一冊はサランラップにつつんで家宝にします」とおっしゃっていた。お父さんも「いまや娘たちも振り向いてくれなくなったので、ヴィヴィだけが私に優しくしてくれるんです・・・・・・」などと悲喜こもごもの様子。私は久しぶりに大型犬と心ゆくまで遊べて、マチェックをつくづく思い出す懐かしい夜となった。
翌日、xxご夫妻は私を岡崎案内してくださった。八丁味噌の工場見学、おかざき子供美術館(ピカソの子供の頃の作品を秘蔵。展示していなかったのだが、お父さんが岡崎市民としての市民権を行使した結果、なんとわざわざお蔵から出してきて見せてくれた!)訪問などなど、短い滞在でかなり盛りだくさんの楽しい一日となった。八丁味噌本家で味噌煮込みうどんを食したが、あまりのうまさに「日本人に生まれてよかった・・・・・・」と唸る。世界に誇る健康食品を何百年も作り続けている。岡崎はほんとうに偉大な場所である!!
「ほんとうにマチェックとヴィヴィがめぐりあわせてくれた縁ですね」とご夫妻は何度もおっしゃった。嬉しそうに笑顔を並べるご夫妻を前に味噌煮込みうどんを啜っていると、こうなるべくしてこうなったような気さえした。すべての偶然は、必然である・・・・・・と誰かが言った。「カフー」と出会ったときもそうだったけれど、そういうことなんだ、と素直に信じられる気がする、岡崎訪問でした。
ちなみに、岡崎訪問でもっとも驚いたのは、ヴィヴィがゴールデンじゃなくてラブラドールだったってこと。両親ともラブなんだそうな。ええっ! じゃあどうしてこんなに毛が長いんですか?!と驚いて尋ねる私に、お父さんは「先祖がえりでしょう」とこともなげに答えていた。

vivi
(ヴィヴィ)
| - | 01:34 | - | -
幸福な場所。
マンハッタン、セントラルパークに来ている。

きのう、ローカルニュース「FOX5」で「今日からセントラルパークで無料ワイヤレスインターネットに接続が可能となりました!」というニュースを聞いた。
それで、来てみた。セントラルパークのほぼ中央にある、「シープ・メドウ」という芝生公園に。都市のど真ん中にぽっかり開いた緑色のサークル。まるで舞台の背景のように、セントラル・パーク・サウスの高級ホテルやビル群が、その向こうに一列に並んでいる。ちなみに、ネットをやってる人は一人もいない。

NY4


肌を焼くビキニの女性、ベビーシッターと子供たち、昼寝をする学生とホームレス。
アイポッドを聞きながら、大声で歌ってる人もいる。
別に、何もない。緑のじゅうたんと、都市の風景。それだけなのに、完璧な楽園がここにはある。きっとオフィスや家に帰れば、ネットで世界と繋がれる、という安心感があるから、ここではネットなんか忘れてくつろぐ幸福な時間を過ごせるんだろう。

きのうはミッドタウンにあるブライアント・パークに行ってきた。締め切りの迫っている原稿をいくつか持ってきてしまったから、仕事をしにいったのだ(ホテルの部屋では眠くなるとすぐ横になってしまうので、なかなか時差ぼけが解消されないし)。

NY2

私は00年にニューヨークに一時期住んでいたことがある。そのとき、NYに住んでいた友人に誘われてこの公園へやってきて、すっかり気に入ってしまった。セントラルパークに比べると規模はごく小さなものだが、ニューヨーク図書館の裏手、タイムズスクエアのすぐ近く、という好立地で、昼時やアフターファイブに近所のオフィスワーカーが続々と集まってくる。くつろぎかたはそれぞれだ。ランチをする人、PC持参で仕事をする人、ネットをする人(ここはずいぶん以前からフリーネットアクセスできる場所だった)、読書する人、昼寝をする人。深緑色の木製チェアがあちこちに散らばっていて、それを自分のお気に入りのポジションへ持っていって自分だけの場所を作る。オープンエアのライブラリーまである(近所の会社がその管理をボランティアでやっているようだ)。チェスに興じる人々がいる。朝には「無料太極拳教室」も開かれている。背景はエンパイアステートビルを含むマンハッタンの摩天楼。一続きのビル群を、ところどころ大きく育ったプラタナスの緑がさえぎっている。リスもスズメも青虫までもニューヨーカー然として、人間とコミュニケーションしている。利用している人たちは、適度な節度を持って隣人と接し、誰にもいわれなくてもゴミ箱にゴミを捨て、借りた本は元の位置に戻す。なんて自由で自然で、そして幸福な場所なんだろうか。

NY1


こういう公園に出会ったとき、ニューヨークという都市の懐の深さに触れる気がする。世界のビジネスの中心地として、限りなく緊張を強いられる場所もたくさんある。文化の発信基地としてのプライドもある。そして期せずして攻撃にさらされた悲劇の都市にもなった。けれど、こうして幸福な場所を、すべての人々のためにやっぱり開き続けている。肌の色が違っても宗教が違っても、男でも女でも金持ちでも貧乏人でも、すべての人々のためにこういう場所がある。意識して作ったわけではない。ごくゆっくりと自然に、かたちづくられた幸福な場所なのだ。
この楽園が永遠でありますように、と願いつつ、クリスピー・クリーム・ドーナツを食べに行くことにする。

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